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クリムが自分の家に帰ると、妻であるプリスが迎えてくれる。プリスは抱えていたカーネーションの花束を棚の上に置くと、水の入ったコップを持ってきてクリムに手渡すと、クリムは一気に水を飲み干してしまう。いつもと違う様子にプリスは心配そうな顔で尋ねる。
「いったいなんのお話だったの?」
「北のノル村で事件があったらしく、シェドウェイ国の王都からきた騎士団の隊長さんと村長が、この村でも気をつけてくださいって注意喚起にきたんだ」
「事件? なにかあったの?」
「なんでも得体の知れないヤツ、おそらくモンスターに家畜や人が襲われて、犠牲者もでているらしい。その注意喚起としてここにきたらしい」
クリムの言葉にプリスは口を押さえる。
「怖いわね。戸締りをしっかりしておかないといけないわね」
「ああ、そうだね。それと……」
クリムは深刻そうな表情をして口ごもるが、すぐに意を決してプリスを見つめる。その視線に不安を感じ緊張した面持ちでプリスも見つめ返す。
「この村に密猟者が入ってきて、ダンジョンから持ち出した違法素材などの取引があったんじゃないかと疑っている」
その言葉にプリスの顔が青ざめる。
「ノル村での出来事と私たちのことは関係ないはずでしょ? だってあっちはモンスターが暴れてるのよね。モンスターの取引なんてこと私たちはしていないもの」
「あぁ、だが密猟者の動きをどこかで把握しているのは確かだ。ノル村の事件が僕らに関係ないとはいえ、嗅ぎ回られるのは好ましいことではない」
「ええ、プリュネのためにもどうにかしないといけないわ」
クリムとプリスは目を合わせると同時に大きく頷く。
***
━━夢の中は自由。
体が弱く足も動かないプリュネでも自由に野山を駆けることができる。
生きてきて今まで走ったことなんてないから自分がどれだけ速いかは分からないが、あっという間に自分の住んでいる村が見えなくなったことからも結構速いんじゃないかと思いながらプリュネは走る。
飛ぶように走って目指すのはいつも行く村。夢だけどもその村だけはいつもあって、見たことのない動物がいるし、人もたくさんいて楽しいからお気に入りとなっていた。
見慣れた村が視界に入るとプリュネは嬉しくて思わず笑ってしまう。
村につくと、早速柵の間から顔を出していた一頭の牛に近づく。
「あぁ逃げないで」
慣れない顔に驚いたのか逃げ出す牛を追い掛けるため、柵を飛び越えて頭を撫でる。
「ブモッ!」
元気よく鳴いた牛は、プリュネが怖くないと分かったのか地面に伏せて目をつぶる。
「眠くなったの?」
プリュネは母親が自分にやってくれるように頭を撫でると、お腹の辺りをトントンとリズムよく叩いて寝かしつける。
「うふふ、温かい。ねぇプリュネってママより寝かしつけるの上手だと思うの。だってプリュネがトントンってするとすぐ寝ちゃうんだから。ママがプリュネにやってくれるけど、プリュネ全然眠くならないもの」
眠ってしまった牛に話しかけたプリュネは、端っこにいる一頭の子牛を見つけると、目を輝かせて近づく。
「そんな顔しないで、プリュネとお友達になろう?」
知らない人が来て怯えてるのか、端に逃げる子牛にそっと近づいたプリュネは自分の手を子牛の鼻に近づけると、自分の匂いを嗅がせる。
動きが止まった子牛を頬を撫で、頭を撫でると勢いよく子牛は座って頭を下げる。
「ね、怖くないでしょ。あらあら、あなたも眠くなったのね。うふふ」
口を手で押さえて笑ったプリュネは眠った子牛を頭を撫でる。
「そうだ、あなたにこれをあげる」
プリュネは自分の村から持ってきたカーネーションの花を眠った子牛の横に置く。
そのときだった、背後から声が聞こえてくる。
プリュネが振り返ると、年老いた男性が一人いてなにか大きな声でプリュネに話しかけてくる。
「そんなに早口で喋らないで、プリュネ聞きとれないよ」
プリュネが訴えかけるが年老いた男性は相変わらずなにかを早口で喋る。
「もう、ちゃんと喋ってくれないとプリュネ分からないんだよ。ねえ聞いてる?」
プリュネが大きな声で訴えるが、年老いた男性はさらに早口でなにかを喋るので怒ったプリュネは腕を掴む。耳元で息を吸って大きな声を出すと、声の大きさに驚いたのか年老いた男性は青ざめた顔で走り始める。
「今度は鬼ごっこ? いいよ、プリュネものすごーく足が速いんだから」
プリュネが自慢の快足を見せると、あっという間に年老いた男性に追いつく。
「タッチ!」
プリュネがタッチすると、年老いた男性はその場から姿を消してしまう。
「あれ? またこれかぁ。鬼ごっこの次はかくれんぼね。う~ん、プリュネがかくれんぼ苦手なの知ってて意地悪な夢なんだから」
プンプンと怒るプリュネは辺りを見回すが、年老いた男性の姿は見えない。しばらく草むらや木の影を探してみたりするが見つからず元の場所に戻ったプリュネは自分のお腹を押える。
「たくさん動いたからお腹空いたな」
ふと下を見ると、美味しそうな御馳走が目に入る。
「おじいちゃんが落としたのかな?」
プリュネは周りをキョロキョロ見回すと、再び御馳走に目を落とす。
「ちょっとくらい食べてもいいよね」
お腹が空いていたプリュネは地面に落ちていた御馳走を頬張る。
「ふぅ~、お腹いっぱい。たくさん動いたらこんなにお腹空くんだ。う~ん、お腹いっぱいになったら眠たくなっちゃった。お家に帰って寝ようっと」
プリュネはもう一度周囲を見回す。
「ああぁ、これが夢じゃなかったらいいのにな」
残念そうに言うとプリュネは寝る為に自分の家に向かって走る。




