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綺麗な川の近くにある小さな村は穏やかさを絵に描いたようで、ゆっくりと時間が流れる。
キラキラと水面を日の光で輝かせ流れる、小川の水を汲んだ男性が踏みしめる大地から生える草は風に吹かれ涼しげに揺れる。
風に揺られ驚き飛び出してきた虫が、羽を羽ばたかせ男の肩を横切り空へと飛ぶと、上から滑空してきた鳥が虫を丸呑みして飛び去っていく。
そんなことが自分の頭の上で起きているなどとは知らず、男は水の入った桶を持ったまま家の扉を開けると台所にある瓶に水を移し、柄杓で中の水をすくうとコップへと注ぐ。
コップを持って移動して、ある部屋のドアをノックすると室内へ入る。
中に入ると、小さな女の子がベッドで上半身だけを起こして座っていた。
男を見て笑顔を見せるが、すぐに口を押さえコホコホと咳込みはじめてしまう。
「プリュネ調子はどうだい? ほら冷たい水だよ」
「うん、ありがとうパパ」
プリュネと呼ばれた女の子は小さな手を伸ばし両手でコップを受け取ると、コップの中にある水をじっと見つめる。
わずかに揺れる手のせいでコップの中に生まれた波紋がプリュネの顔を歪ませる。
「プリュネもお外で遊びたいな」
「もうすぐよくなるから、すぐに遊べるようになるよ。この前きてくれたお医者さんも大丈夫って言ってくれただろ。ほら、前まで見えにくかった右目だって今はちゃんと見えるんだろ?」
「うん、前はぼんやりしてたけど、今はちゃんと見えるの」
左の青い瞳とは違う、右の金色の瞳をぱちぱちさせたプリュネを見て父親は嬉しそうに笑いながら頭に手を置き優しく撫でる。
「プリュネはたくさん頑張ってるから、よくなってきているね。足もすぐに動くようになるよ。そうだ、ちゃんとお薬は飲んだかい?」
「うん、プリュネちゃんと飲んだよ。うぇーってなるけど頑張ったんだよ! ママも凄いねって褒めてくれたんだよ」
「そうか、そうか。プリュネはお利口さんだね。おっと、そろそろ眠くなったかな? たくさん寝て病気を治そうね」
「うーん、お薬飲むと眠くなる……の」
まぶたが閉じかけた目を擦り始めたプリュネを見た父親が、プリュネを支えながらベッドに寝かせると毛布をかける。
「ねえパパ」
「どうしたんだい?」
「プリュネね、足が速いと思うの」
「そうなのかい?」
「だってね、ものすごーく速く走る夢を見ることがあるの。だからプリュネは速いと思うの」
「そうなんだ。でもパパも速いからプリュネには負けないぞ。元気になったら競争しようか」
「うん! 絶対する! パパ約束だよ!」
眠そうな目のままだが、楽しそうに笑いながらプリュネが伸ばした手を父親が握ると優しく微笑む。
「ああ、約束するよ。それじゃあ、夢のなかで走る練習しておいで」
「うん、そう……す……る」
必死に落ちる瞼に抵抗していたプリュネだが、耐えきれなくなったのか目をつぶりスースーと寝息をたてはじめる。
プリュネの髪をそっと撫でた父親が部屋から出ると、一人の女性が近づいてくる。
「あなた、プリュネは?」
「今寝たよ。目もよくなっているみたいだし本当によかったよ」
「ええ、本当に。あ、そうだ。お父様が呼んでいるわよ」
「親父が?」
「ええ、お客様が来てるんだけど周囲の森に関しては、あなたの方が詳しいだろうから説明してほしいって」
「どんなお客なんだい?」
「北の村の村長と王都の騎士団の方たちよ」
「変わった組み合わせだな。なにかあったのかもしれないな。分かった行ってくる」
思い当たる節の無い父親は首を傾げながらも、自分の父の住む家に向かう。




