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 病室のベッドで横になっている年老いた女性は、ぼんやりと天井のシミを見つめている。


 ノック音が室内に響くと、ゆっくりと頭を動かし、ドアの方を向くと「どうぞ」とかすれた声でノックに答える。


 ドアノブが動き、ドアが開かれると病院の看護師が姿を現し、中に入るとそっとドアを閉める。


 そのまま自分の方に来るわけでもなく、出入口を塞ぐように立ちっぱなしの看護師に、違和感を感じた女性は首を動かし看護師へ目をやる。


「ルクアさん、お客様が来ているんですけどお通ししてもいいですか?」


「お客様? 私に?」


 寝たまま首を傾げるルクアは少しの間思い悩む。


「息子さんのことでお話があるとおっしゃっていますが」


 その言葉にルクアは大きく目を開き、よろよろとしながら上半身を起こし先ほどまでのカスレ声ではなく。ハッキリとした声で必死に訴える。


「通してちょうだい。早く!」


 ルクアの声を聞いた看護師はドアをそっと開けると、廊下の方に身を乗り出し二、三言言葉を交わすと、ルクアの病室に一人の少年が入ってくる。


 想像していた人物像と違ったのか、目を見開いたまま少年を見つめるルクアの目の前で、少年はお辞儀をして金色の髪を揺らす。


「はじめましてルクアさん。僕はこの度息子さん捜索を担当しました、探索者シルシエと申します」


「あなたのような幼い子が探索者……ま、まあいいわ。それよりも息子は、息子は見つかったの?」


 ベッドから転げ落ちるのではないかという勢いで、体を前のめりにするルクアを看護師が慌てて支える。


「息子さんであるアーランドさんを発見しました。その……残念ですが、生存はしていませんでした」


「あぁぁっつ」


 泣き崩れるルクアを看護師が支えながら、背中を擦ってなだめる。


 ひとしきり泣いたルクアが目を擦りながら、シルシエを見ると、震える唇で震えた声を絞り出す。


「いなくなって一か月も経つんですもの、覚悟はしていたわ。それで、息子はダンジョンのどの辺りにいるのかしら」


「アーランドさんのご遺体は引き上げて、冒険者ギルドへ預けています。腐敗防止処理も含めやっておきましたので、退院いたしましたらこちらの書類を持ってお会いになって上げてください」


 書類を手渡されたルクアは驚いた表情でシルシエを見つめる。


「私は息子を見つけてとお願いしたけど、遺体の引き上げは依頼になかったはずよ。だって私が受けられる依頼は最低ランクしか無理だって言われて、情けないって思いながら……私母親なのに、何もできないって……」


 そのときのことを思い出し、再び涙を流し始めるルクアの手をシルシエがそっと握り手を開かせると、紐の切れた木彫りのペンダントを握らせる。


「アーランドさんのご遺体は、そのペンダントを握り締めていました」


 シルシエに言われルクアは、掌に乗ったペンダントに目を落とすと、目を大きく見開く。


「僕の推測でしかありませんけど、アーランドさんは最後のとき首にかけてあったそのペンダントをちぎって、手に握り締め亡くなったんだと思います。幼き日にそのペンダントをプレゼントしてくれたお母さんに思いを込めて……」


 ペンダントを見つめ見開いていた目に溜まっていた涙をポタポタと落とし始めると、涙で濡れたペンダントを胸元で握りしめルクアは泣き崩れる。


「では、僕はこれで失礼します。早く体を治してアーランドさんに会ってあげて下さい」


 泣き崩れるルクアを背にしてシルシエは病室をあとにする。


「お母さんか……どんな感じなんだろう」


 一人廊下を歩くシルシエは小さく口を動かし呟く。


 ***


 黒い喪服のドレスに身を包んだルクアは棺桶に眠る自分の息子に話しかける。


「あんたのお陰で病気は治ったよ」


 白く血の気のないアーランドの頬を撫でルクアは涙を目に浮べる。


「一体どんな魔法を使ったんだいあんたは。病院にはあんた名義でお金が振り込まれているし、葬儀費用から何から何まで銀行に預けられているし、それになによりも貸金庫にお金と一緒に預けていたこの手紙」


 ルクアは手に握っていた手紙を開いてアーランドに見せる。


「先に旅立つことを許して下さい。そしてもう一つ勝手なことを言わせて下さい。大切にしてきた畑をよろしくお願いします。最愛の息子アーランドより……ときたものだよ。この汚い字は紛れもなくあんたの字。一体いつこれを書いたんだい? まるで死んだ後にでも書いたような文章じゃないかい」


 ルクアはアーランドの頭を愛おしそうに撫でる。


「正直言うと、旦那もあんたもいなくなって、生きてる意味なんてないからあとを追おうって思ったよ。でもこんな遺言残されたら守らないといけないじゃないかい。どうせすぐにそっち行ったら怒るんだろ? ああ、じゃあやってやるよ。あんたの畑立派にしてあげるから、あたしがそっちに行ったとき自慢してやるんだから覚悟しておくんだよ」


 ルクアはアーランドに身を寄せると額を擦り付け、そしてゆっくりと立ち上がる。

 目に溜まった涙を拭い、近くにいる葬儀係の人を見て頷くと、葬儀係の人達が棺桶の蓋を閉める。


 封をされる蓋を見つめ、土に埋められていく棺桶の姿を最後まで目に焼き付けるため、ルクアは滲む視界を必死にハンカチで拭う。


 涙を拭う目は悲しみの底にありながらも、その奥底には生きる強さが確かに宿っていた。

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