6
ロイターの屋敷の一室で便箋から取り出した手紙を広げた女性が老眼鏡をかける。
「そう……あの人は夢を叶えたのね」
手紙を読み終えた女性は静かに息を吐くと、老眼鏡をずらし目の前にいるシルシエを見る。
「失礼ですが、奥様はロイターさんのこと……」
「ええ本人から聞いたわけではないですが、知っていましたよ」
ロイターの妻であるダリーナは老眼鏡を外すと小さな丸テーブルの上に置く。
「結局私のことを見てくれることはなかったのね……。あの人はいつもダンジョンで出会った美しいモンスターの話をするときだけ私を見るの。あぁコイツはあのモンスターよりも魅力的ではない……ってね」
ダリーナはため息交じりに愚痴に近い言葉を吐き出す。
「それでも、私はあの人を振り向かせようと頑張ったの。でも最後まで無理だったみたいね」
寂しそうに笑ったダリーナは手に持っている便箋に再び目を落とし、ため息をつくとシルシエを見てニッコリと笑う。
「年を取ると愚痴っぽくなって嫌ね」
「いえ、聞くことしかできませんけど僕でよければ話してください」
「あらあら、優しいのね。今度お茶会にお誘いして聞いてもらいましょうか」
「はい、是非」
シルシエが答えるとダリーナはふふふと上品に笑う。
「では、僕はこれで」
「ええ、こちらの書類を渡しますから、報酬はギルドで受け取ってくださいね」
書類を受け取ったシルシエが深々とお辞儀をすると、ダリーナがベルを鳴らして呼んだメイドに案内されシルシエは部屋をあとにする。
シルシエが去った部屋で一人になったダリーナは便箋から手紙と小さなカギを取り出す。
「謝罪の言葉なんて聞きたくなかったわ……。あなたの資産を全てもらって私が喜ぶと思ったのなら、あなたは本当に私のことを知らなかったのね……」
目を潤ませながら肩を震わせていたダリーナは床に膝をつき、便箋を抱きしめ涙を流す。
「あなたは願いを叶えて幸せになれたのかしら。……それなら私は、祝福してあげないといけないわね」
消え入るような声で一人呟くダリーナの目からあふれた涙が床に滲んで広がる。
***
━━数年後
シルシエはジャングルの奥で何もない場所に小さな花を置く。
「お久しぶりですね。今日はお仕事のついでにご報告にきました」
なにもない場所を見て寂しそうに笑うシルシエはゆっくりと口を開く。
「今このジャングルで、冒険者に『森の女王』と呼ばれ恐れられるモンスターがいることは知っていますか? 人を積極的に襲い荷物を奪い、人を好んで食べる女性の獣人の名前です。今日はその森の女王を討伐しにきました」
小さくため息をついたシルシエが腰の短剣を抜く。
「あの日、ロイターさんがしたことを黙って見ていた僕にはこうなってしまったことを責める資格はありません。だからこそ、責任を果たそうと思います。あのとき、その場での義理や人情で動かないことがいいことだと言いましたが、難しいですね。ロイターさんの思い、ダリーナさんの思い、ソレユが生まれた背景……色んなことを考えてしまいます。それでも、僕はソレユを討伐します」
なにもない場所に背を向けたシルシエが小さく口を開く。
「ここにはなにもないから意味のない行動だって知ってても、一言伝えたかったのできました。それでは」
言葉を残したシルシエはジャングルの奥へと消えていく。




