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ダンジョン シェルシェ  作者: 功野 涼し
愛のカタチ

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47/71

5

 二枚目の干し肉にかぶりつき食べるソレユを見ていたロイターが隣にいるシルシエを見る。その表情は今まで見せたことのないほどの、歓喜の気持ちに満ちていて少々気味が悪いくらいである。


「どうだシルシエくん。私とソレユの絆は。ふつうならこの距離まで近づいたら命はないが、私だからこそここまで近づけるのだよ」


 自慢気に言うロイターに頷いて肯定してみせたシルシエは、自分を睨むソレユと見つめ合う。鋭い犬歯を見せ威嚇するソレユを見て、シルシエは後ろへ数歩下がる。


「はっはっはっは。シルシエくんは嫌われたみたいだな」


 シルシエを威嚇するソレユを見て嬉しそうに言うロイターは、鞄から干し肉を一枚取り出すとソレユの前に投げる。かぶりつくソレユを満足そうに見ながらロイターが口を開く。


「ソレユ、君は変わらないなぁ。あの頃の美しい君のままだ。本当に美しい。その綺麗な毛並み、そしてその下にときおり覗く肌。人にはない耳に鼻、それに鋭い牙……どれも愛おしくてたまらないよ」


 心の底から吐き出したであろう言葉を恥ずかしげもなく並べるロイターの背中を、シルシエは黙って見ている。


「シルシエくん、ここまで連れてきてくれてありがとう。報酬の書類は私の屋敷に戻って渡すことになっているのは説明した通りだ。あとこれを……」


 そう言ってシルシエに振り返り見たロイターの瞳はブレていてどこか危うげであり、視線を少しの時間でもシルシエに向けるのも惜しいといった感じでソワソワしている。


 ロイターが鞄から取り出した封筒を受け取ったシルシエが宛名を見て呟く。


「ダリーナ……奥様宛の手紙ですか。どういうつもりでしょうか?」


 シルシエが目を鋭くしてロイターを見ると、ロイターはふっと笑う。


「聡明な君のことだ。分かっているんだろ? 老い先短いこの老いぼれがここに来た理由など。分かっていて止めなかったのだから、ここに来て文句を言われる筋合いはないがね」


「僕はあくまでも依頼に忠実であって、その中で人がどのような運命をたどるのかまでは干渉できませんから」


「ごもっともだ。多くの冒険者がそうであってほしい模範的な回答だ。その場の義理や人情だけで動かないことも大切だ……っと君ほどの実力者に私が説いては失礼だな」


「ロイターさん、もしかして僕のこと見えています?」


「さて、シルシエくんとの会話はここで終わりにしよう」


 シルシエの問いをはぐらかしたロイターは背を向けると、鞄を拾ってソレユの元へ歩いて行く。


 突然距離を詰めてくるロイターに警戒するソレユに、干し肉をさし出して警戒心を解きながら手が届くほどまでに近づくと、ロイターは恐る恐る手を伸ばしソレユの頭に触れる。


「思っていたより柔らかいんだな。毛もふさふさだな。撫でても大丈夫かな」


 ロイターが手を動かすと、頭を振ったソレユが歯を見せ唸る。


「調子に乗ってしまったか、ごめんよ。こんなに近づいたのは初めてだから嬉しくてつい。それにしても近くで見るとますます美しいよ」


 唸るソレユをロイターが抱きしめる。そしてソレユの頬に自身の頬を擦り付けながら愛おしそうに背中に回した手で首の辺りを撫でる。


「あぁこの日をどれだけ夢見たことだろうか。もっと早くこうして抱きしめればよかった。これで……」


 次の瞬間ロイターの首から血が吹き上がる。そして口周りを真っ赤にしたソレユが口にくわえていた肉片をペッと吐き出す。


 崩れ落ちるロイターにのしかかって背中から地面に叩きつけると、そのまま喉元を噛みつく。


「ゴホッ、……こんなにも近く……ソレユが。あぁ幸せっ」


 言葉を言い切る前に喉を食い破られたロイターは、光が弱まっていく目で激高するソレユを見つめる。


 ━━これでソレユと一つになれる。私は君の血肉となって永遠に生きていける。


 心の声を響かせロイターは息絶えてしまう。


 しばらくロイターを鋭い爪を出した拳で殴っていたソレユがゆらりと立ち上がると、肉片をぺっと吐き口の周りを腕で拭う。


 そんな様子を見ていたシルシエは、もう動かないロイターに視線を移す。食べられた、というよりは殴られたことによる損傷の酷い遺体にはもう興味がないのであろうソレユは、近くにあった干し肉が入った鞄をくわえるとシルシエを見る。


「君は人間とモンスターの間に生まれた子だね。もの凄い低い確率だけど、ときどきあるんだよね、人の果てしない欲が起こす奇跡がね……」


 話しかけるシルシエをじっと見ていたソレユだが、プイっと視線を逸らすとそのままジャングルの奥へと消えていく。


「……ロイターさん。あなたの遺体はこのまま置いておきますね。幸せの絶頂で思いは天へ昇って消えたみたいですし、血肉になれなかった真実は知らない方がいいでしょうから」


 静かに呟いたシルシエはその場をあとにする。

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