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豪華なお屋敷の一角でロイターという名の老人の話を黙って聞いていたシルシエが、ゆっくりと口を開く。
「ご依頼の内容はダンジョン・グランボアの五階にいる、ロイターさんがソレユと名付けた獣人に会わせてほしいで間違いないですか?」
「ああ、間違いない」
シルシエの問いかけに、ロイターは頷きながら答える。
「正直なところ、ロイターさんほどの資産家でしたら御本人が行って探さなくても冒険者を沢山雇って確実に見つけたあとでダンジョンへ入るのがいいと思うんですけど」
「ソレユは警戒心が強くてな。大人数で行けば警戒して出てこない。それに私が直接会いたいのだよ」
「……」
黙るシルシエを見たロイターはふっと笑う。
「その目は、私がソレユのことをどう思っているのかを説明する必要がありそうだ」
一人で納得したように何度も頷くと、ロイターは窓の外に目を向け、景色ではないどこか遠くを見つめる。
「一言で言えば愛している。初めて出会ったときから私はソレユに惚れた。そう一目惚れだ」
若かれし日のことを思い出したのか、遠くを見るロイターの瞳は汚れを知らぬ少年のように輝いている。
「私は冒険者としての腕はそうでもなかったが、商人としての素質はそこそこあったようでダンジョン貿易で成功してこうして富を築き上げた。美しい妻と可愛い娘に、賢い息子たち、そして目に入れても痛くない孫たち全てを手にしている。しているのだが……」
遠くを見ていたロイターの瞳が揺れる。
「どんなに愛を受けて、愛を与えてもそれら全てがどこか空虚で、幸せな人生という脚本に沿って演じているだけのような感覚とでも言えばいいのか。舞台の上でセリフを棒読みしている私を観客席にいるもう一人の私が嘲笑いながら、「本当に幸せなのか?」と問いかけてくるのだよ」
両手で顔を押さえ首を何度も横に振ったかと思うと、両手で白髪の混ざった髪をぐしゃぐしゃに掻きむしる。
「私が冒険者としてソレユと過ごした日々、あのときが一番幸せで心が満たされていたことに気がついたんだ。だが気がついたときには私はこの通り年老いてダンジョンに一人で潜るのも困難になってしまった」
ここまで黙って聞いていたシルシエが左目でじっとロイターを見つめ口を開く。
「なぜ僕なんですか? 確かに今回ギルドに掲示してあったロイターさんの依頼を見てきました。ですがその依頼にはダンジョンの落とし物を探すと記されていてあったはずです」
「逆に聞くがシルシエくん、君はなぜこの依頼を受けた? ただの落とし物の依頼だ。それに金払いがいいわけでもない。なんとなく気になって引かれたんじゃないか?」
黙っているシルシエにロイターは言葉を続ける。
「そのなんとなくが大事なのだと私は思うのだよ。昔冒険者をやっていたとき、内容や報奨金と関係なく不思議と引かれる依頼というものがある。そしてその依頼は私の人生においてなにかしら得るものがあったと思っているんだ。何気ない依頼に引かれやって来た者と会話を交わして、私が気に入った者にこの思いを打ち明けてみたのだがどうだね?」
そう言ってロイターはニンマリと笑みを浮かべシルシエを見る。
「モンスターに恋をした……なんて話をすれば一般の人がどのような態度を取るか私は理解しているつもりだ。君は私の話を聞いても否定するのではなく、なぜ自分を選んだのか? そう聞いてきた。つまり君はこの依頼を受けるつもりだということ。これの意味することは私への理解に他ならないと思うがね」
「うぅ〜ん、結構強引な持論ですけど僕がロイターさんの依頼を受けることは間違ってませんから、なにも言い返せません」
シルシエの言葉を聞いて、ロイターはしてやったりと笑う。




