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シルシエは自分の前に立つアブニールを、左右それぞれの瞳に映す。
「どれだけアブニールさんがこの技術を隠したとしても、いずれ誰かが発見し技術は確立します。そしてその使い方は良い方にも、悪い方にも使われる……これも避けられないことだと僕は思います。同じものを良い人と悪い人が平等に扱うのですから、当然のことなのかもしれません」
アブニールは口をパクパクさせ、喉元を手で押さえる仕草を見せる。それを見たシルシエが輝く右目の瞳でアブニールを映しつつ指を鳴らす。
「声が━━でる。君が━━何者かは分からない━━けど言いたいこと━━分かる」
喩えるなら電波の悪い無線のようなノイズの走る、近くにいるのにどこか遠くから聞こえる声でアブニールは話し始める。
「私は━━人が豊かになってほしい━━でも違うことに人々は使う━━どうすればいいのだ」
「申し訳ありませんが、その問いを否定できるほど僕に知識も思想もありません。いつの世も人の進化は愚かさと隣り合わせなのだと思います。どんなに隠しても人はアブニールさんの技術を発見し追いつき、さらに追い越していきます」
黙って聞くアブニールにシルシエは言葉を続ける。
「僕がしているのはアブニールさんを納得させた上でこの場の採取を許してもらおうとしているだけ。この行為に技術の進歩は促せても、人々の平和や豊かさまでは面倒は見切れない無責任な行動かもしれません。それでも、先人であるアブニールさんに納得してもらった上でここにある鉱石を持って帰りたいと思います」
「なぜ━━そこまでする? 君━━は私なんかが━━制止できる存在━━ではないの━━だろ?」
「アブニールさんに納得してもらうのは、僕のわがままです」
じっと見つめるシルシエにアブニールはフッと笑みを浮かべると、体に入れていた力を抜き肩を降ろす。
「私は━━自分の理想のため━━躍起になって、人を殺めた男だ━━私に平和利用を強制する資格はない━━それでも━━この技術で人が幸せになれたらと━━願わざるを得ない━━私のわがままだが」
そう言ってアブニールは笑うとシルシエも笑みを浮かべ応える。
「長い間一人で居すぎたようだ━━君と話して━━自分が何者か思い出せた━━そして長い間繰り返した思考の果てに━━自分が人間の行く末を決めれる程の存在ではないことも思い出せた━━ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「私は━━このまま━━消えよう━━人の未来など誰にも分からないの━━だから」
どこか悲しみを宿した表情でアブニールの体はさらに薄くなり、そのまま消えていく。
光の粒になって消えてしまったあとをしばらく見つめていたシルシエは右目に眼帯をつけると、自分の腰に装備している短い短剣を手に取る。
「実はもっと昔にモンスターコアの出力をフルに引き出せる武器を作った人がいたりするんですけど、出回っていないところを見ると人間の未来を悲観ばかりしなくてもいいかもしれませんよ」
誰もいなくなった空間に話しかけたシルシエは短剣を収めると、ピッケルに持ち替えて鉱石の採取をサッと終える。
「あぁ……帰り方聞いておけばよかった。でも多分このダンジョンの意地悪さと、過去の記憶からここから出るにはおそらく……」
シルシエはリュックをおろし中から小さな袋を取り出すと、袋からドライフルーツを取り出す。
それを壁沿いにまくと、壁のわずかな隙間から数匹のネズミが現れる。ネズミたちはシルシエを警戒しながらドライフルーツをくわえると、隙間へ帰っていく。
しばらくしてカチッと隙間から音がして、壁がゆっくりと上に上がって道が現れる。
「湧き水を塞ぎ、食料をネズミに与える。閉じ込められ極限の状態で求められる答えとしては、なかなか残酷なものだよね。はじめっから分かっていればそうでもないんだろうけど。それに……」
シルシエは開いた壁の下をつま先でちょんと触れると、地面が下に向かって扉のように開き、大きな穴が現れる。
「最後まで簡単には出してくれないんだね。あんまりこのダンジョンのこと、僕は好きになれそうにないなぁ」
穴の上をぴょんと飛び越えたシルシエは、愚痴をこぼしながらダンジョンをあとにする。




