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婚約者なんて眼中にありません

作者: らんか

 私は幼い時から、この国の第2王子と婚約している。


 初めて出会った頃の第2王子は、プラチナブロンドの癖のない髪を耳にかけ、肩までの長さのボブカット。

 サファイアブルーの澄んだ瞳をキラキラさせて、色白でほんのりピンクの頬っぺはまるで桃のよう。話すと高めの声なのに、何だか耳に心地よい。

 これでスカートを履かせれば、もう完全に女の子だという容姿をしていた。


 それに比べてその頃の私は、3つ上の兄と共に庭で遊びまくって、日焼けした浅黒い肌にパッとしないダークブロンドの髪。瞳は美人の母譲りで、バイオレットの瞳だが、他は何一つ特記すべきところがない平凡顔だ。


 もう、これは絶対に気に入られるはずが無いだろう。

 そう思いながらも、未だにズルズルと婚約関係は続いている。


 何でだ?


 流石に学園に通う歳になり、令嬢として基本的なマナーを身につけた私は、いつまでも外で遊んでいる子供ではない。

 貴族令嬢として、それなりに身なりにも気を遣うようになった。


 でも、第2王子の美しさには敵わない。仮にも王子なわけで、剣術やら武術など、身を守る術は習得しているし、背も伸びてきて、今では私よりかなり長身になってきている。  

 だが、私から見れば今でも可愛らしい女の子。

 

 これでは男性と意識出来る訳がない。


 そんな感じで、婚約者同士の恒例のお茶会は、ただ女友達と時間を過ごしているかのように、気を抜いたものになっていた。




「ごきげんよう、アルベルト様」


 アルベルト・フォン・アドラー


 アドラー王国の第2王子の名前。

 愛称呼びもお願いされた事はあるけど、恐れ多くて、名前呼びで許してもらった。


「やぁ、ジル。今日も可愛いね」


 私の名前は、ジュリア・ハミルトン

 ハミルトン伯爵家の長女だ。

 ちなみにアルベルト様は、私の愛称ジルで呼んでくる。

 テンプレートのような挨拶に、愛想笑いをしながら、今日もお茶会が始まった。


 お茶会は、いつも王城内にあるバラ園の中の四阿で行われている。

 そして、ここからは遠目に騎士団の練習風景も見えるのだ。

 それは今日のお茶会でも、良く見えていた。

 いつもの様に、騎士団の練習を見ながら、静かにお茶を飲んでいると、剛健な一人の騎士が目に付く。



 やだ、騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?


 いいなぁ、大人の男って感じで。

 それに強いし、守ってもらえそう。

 男はやはり、包容力よね!

 

 ああ、私も守ってもらいたい!

 


「ジル? 何処見てるの? 僕を見て?」


 そんな事を考えてたら、アルベルト様がすぐにこのように言ってくる。


「あらやだ、アルベルト様。ちゃんとアルベルト様のお顔も見てますわよ。それこそもう何年も」


 自分の方を見てないと、すぐに拗ねるんだから。本当にまだまだ子供よね。

 

「ジルは、本当にわかりやすいね。でもね、ジル。騎士団長はもうすぐ再婚するからね」


「は、はぁ!?」

 

 な、なんですって!

 あの逞しい腕に守ってもらえる女性がいたの!?

 今まで独り身で通してきたのに、何故ここにきて結婚するのよ!

 


 がっかりしている私を見て、悪い笑みを零しているアルベルト様に、私は気づかなかった。





 今日は、王城のパーティーに参加している。

 もちろんエスコートは、アルベルト様だ。アルベルト様にプレゼントされたドレスは、アルベルト様の瞳の色と同じサファイアブルーに、レースはプラチナ色で輝いている。


「ジル、思った通りだ。とても似合ってるね。綺麗だよ」


「ありがとうございます。アルベルト様もとても素敵ですわよ」

 またしてもテンプレートのやり取りだ。

 

 ちなみに、アルベルト様も、同色のエレガントスーツを着こなしていた。

 会場にいる令嬢たちからの、熱い視線が一気にアルベルト様に注がれる。

 そのついでに、横にいる私を強く睨んでいくのも恒例行事だ。


 そんなこんなで、いつも通りのパーティを過ごしていると、国王様、王妃様、王太子夫妻がパーティ会場に入場された。

 国王様の挨拶を皮切りに、ダンス曲が流れる。ファーストダンスは王太子夫妻のようだ。


「アルベルト様は、王族席に行かれなくてよろしいの?」


 私が聞くと、

「あとで挨拶には行くよ。僕の婚約者を放っては置けないしね」

と笑顔で言う。

 その笑顔を見た令嬢たちが、真っ赤な顔で、きゃあきゃあ言ったり、よろめいたりしているのを見て、いつも不思議に思う。


 そんなに、いい?

 私ならもっと渋い、少し陰のある色気漂う大人の(ひと)がいいけどなぁ。


 そう思いながら、パーティ客の面々を見回す。



 そして、私は見つけた。


 極上のおじ様を。


 あぁ! 今日も色気がムンムンと漂ってくるわぁ! それに、あの哀愁漂う陰のある感じが堪らない。


 仕方ないのよ、こればっかりは。

 好みは、人それぞれでしょう?

 心の中だけで、憧れを求めるのは許されるわよね? 

 目の保養は大事だと思うのよ!


 そう、心の中で弁解しながら、さっそく極上のおじ様をガン見する。


 ホワイトブロンドの髪を後ろに撫で付け、清潔感のある口元に、引き締まった身体。

 シルバーのクラシックスーツをシンプルに着こなし、洗練された立ち居振る舞い。

 彼はこの国の宰相、アーノルド・オールソン侯爵様だ。


 ちなみに、宰相様には奥様がいるが、病気で長い間、自宅療養してるとか。

 大変だろうに、そんなことを微塵も感じさせない姿は、本当に素晴らしい。


 私が目をキラキラさせながら、極上の宰相(おじ)様を見ていると、なんと宰相(おじ)様に向かって、アルベルト様が私を連れて話しかけに行くではないか!


「やぁ、宰相。パーティ会場で会うとは、珍しいな」


「これは、アルベルト第2王子殿下。婚約者の方といつも仲睦まじいようで羨ましい限りですな。

 なに、ようやく仕事が一段落着いたものでしてな。久しぶりに参加しようかと。

 ハミルトン伯爵令嬢、本日も一段とお美しいですな。そのドレスは、殿下からのプレゼントですかな?」


 宰相(おじ)様に声を掛けられて舞い上がってしまいそうだが、何とか平常心を保つ。


「はい、殿下からの贈り物でございます。お褒め頂き光栄に存じますわ」

と、カーテシーをもってお礼を言った。


 その後も笑顔で、アルベルト様とお話をされている宰相(おじ)様に見惚れていると、宰相補佐官が、宰相(おじ)様を呼びに来た。


「申し訳ございません。何やら戻らないといけないようですので、お先に失礼致します」


 最後までスマートな物腰でそう言ったあと、補佐官と共にパーティ会場を後にする。

 

 ほぅ……と、感嘆のため息をすると、

「ジル、疲れたの? ちょっと休憩しようか」


 そう言って、私は殿下に連れられて、パーティの休憩室に向かった。




 休憩室の前まで到着し入ろうとすると、ドアが少し開いており、中から人の声がする。使用中だとアルベルト様を振り返るが、アルベルト様が、人差し指を口に当てて、静かにするよう伝えてくる。

 不思議に思っていると、中から男の人の声が聞こえてきた。

 そしてドアの隙間から、抱き合って口付けをしている2人の男性が見える。



「僕以外の男にあんなに愛想を振りまいて話すなんて。アーノルド、君にはキツいお仕置が必要なようだね」


「ごめんよ、ザカリー。許して……あっ!」


 そして、熱い抱擁を交わしながら、ソファに倒れ込んだ。


 ええええええ~!

 うそ~!こんな所で!?

 すごい場面を見てしまったぁ!


 ……って、ちょっと待って?

 アーノルド……アーノルド……

 えっ! 宰相(おじ)様!?

 あっ! 相手の人、迎えに来てた宰相補佐官だ!

 なんてこと!

 男色家だったの!? 

 しかも、受け身の方なの~!?


 

 あまりのショックに、私は口が開いたままその場を動く事が出来なかった。

 そんな私を、

「ジル、行くよ。ジルには刺激が強すぎる」

と、アルベルト様が私の手を引いて、その場から連れ出してくれる。


 ……でも。


「口が……! ジル、口が開いたまま……ククッ」

と、肩を震わせて笑いながらだったけれど!



 結局またパーティ会場に戻り、人混みを避けて休憩する為に、バルコニーに出た。


「飲み物を取ってくるね」


 アルベルト様がそう言って、中に取りに行ってくれる。

 私は夜風に当たりながら、それを待っていた。




「あら、ハミルトン伯爵令嬢じゃありませんの。こんな所で1人とは、アルベルト殿下に愛想でも尽かされたのかしら」

と、バーベラ・フェリス侯爵令嬢が、いつもの様に取り巻きを従えて、笑いながら話しかけてきた。

 

「……ごきげんよう。フェリス侯爵令嬢」


 一応挨拶をしておく。


 この方は、幼い頃、アルベルト殿下の婚約者候補として、私と共に名前が上がった方だ。

 私が婚約者に決まった事を、許せないらしい。あの頃から、私に色々の難癖を付けてくるのだ。


「アルベルト様は今、飲み物を取りに行ってくれているのです」


 私がそう伝えると、

「まぁ! 殿下を使うなんて、なんて身の程を弁えない方なんでしょう! 本当にアルベルト殿下がお気の毒ですわ!」


 そうでしょう皆様、と取り巻き達と蔑むように笑いながら言ってくる。


 懲りないなぁ。こういう時、必ずと言っていい程アルベルト様はやってくるのに。



「ジル、お待たせ。……何かあったの?」


 ほら来た。いつも絶妙なタイミング。

 

 そしてフェリス侯爵令嬢の姿を発見して、すぐにアルベルト様は警戒態勢を取る。


「フェリス侯爵令嬢、これは一体?」


「これはアルベルト殿下。ご挨拶申し上げますわ。別に何もありませんのよ。

 ハミルトン伯爵令嬢が、お1人でしたので、お声を掛けていただけですわ」


 フェリス侯爵令嬢が平然とした様子で答える。


「ジル、本当に?」


 アルベルト様の問いに、

「はい。お声を掛けて頂いただけですわ。

 今は()()


 シレッと答えると、フェリス侯爵令嬢は口元を扇で隠しながら、鋭く私を睨んでくる。


 そんな私達を見て軽く溜め息を吐いた後、

「では、私達はこれで失礼する。行こうか、ジル」


 アルベルト様は私をエスコートしながら、この場から離れた。



 結局、パーティ会場の中に戻り、そこで持ってきて頂いた果実水を飲んで、小休憩を取る。

「ジル、フェリス侯爵令嬢にまた意地悪されたんじゃないの?」

と、アルベルト様が心配そうに聞いてくる。


「大丈夫ですわ。気になさらないで下さいませ」


 笑顔で答える。

 うん、本当に大丈夫なんだよね。

 だって、幼い時からよ?

 しかも嫌味程度だし、そんなの慣れちゃうわ。


 それからも、適度にダンスをしたり、用意されてある軽食をつまんだりしながら、その日は帰宅した。 






 今日は教会での視察を兼ねた、奉仕活動の日だ。


 教会の敷地内にある孤児院に、手作りのクッキーを持って行く予定である。

 アルベルト様と一緒に教会に入ると、この教会の責任者である司祭様が迎えてくれた。


 この司祭様、少し白髪交じりの髪でお顔立ちは優しく清潔感があり、立ち居振る舞いはスマートで洗練されたマナーが魅力の、イチオシのおじ様なの。


 ああ、今日も本当に素敵!

 あの慈愛に満ちた笑顔が何とも言えないわぁ。いつもにこやかで、生まれてから一度も怒ったことなどないのではないかしら。

 


 「やぁ、司祭殿。今日もよろしく」


 「第二王子殿下、いつもありがとうございます。子供たちは御二方が来られるのを、いつも楽しみに待っていましたよ。

  ハミルトン伯爵令嬢、本日も宜しくお願いいたしますね」


 司祭様が今日も優しい笑顔で、そう言って下さる。


「はい。こちらこそよろしくお願いいたします」


 優雅に返答しながらも、内心ではキャーキャーと喜びで騒ぎ立てていた。


「いつも、午後からいらっしゃるのに、本日はお昼前に来られるとは珍しいですね?」


 そう司祭様がおっしゃると、アルベルト様が

「たまには、子供たちの昼食風景でも見て行こうかと」

と、にこやかに返答する。


 司祭様は、「なるほど」と頷き、案内してくれた。

 


 孤児院に到着した際、此方に向かって大きな包みを持った一人の老婆が歩いてくる。


 何かしら?と思って見ていると、


「ママ! そんな荷物を持って! 転んだりしたらどうするの! そういう事は僕がするから!」

と、大きな声を出して、老婆に駆け寄る司祭様の姿があった。



 ん?


 ママ?



「ママ、僕に心配かけないで。ママに何かあったら、僕は生きてはいけないのだから」


「まぁ、この子ったら。いくつになっても子供なんだからねぇ。これくらいの荷物、大丈夫だよ。ほら、お前の好きなおかずを作ってきたんだよ。それから、新しい下着もそろそろいるんじゃないかと思ってね」


「わぁ! ありがとうママ! ママの手作り以外のものは僕、食べられないんだ! 下着も、いつも用意してくれてありがとうね、ママ大好きだよ」


 どうやら、司祭様の母君らしい。


 らしいが……。


 この会話は一体?


 私がその様子を呆然と見ていると、

「司祭殿はとても優秀でいい人なんだけど、母親への執着が強いのが、玉に瑕なんだ。

 何でも今でも眠る時は、母親に子守り歌を歌ってもらわないと眠れないらしいよ。

 あ、これは内緒だからね」

と、笑顔でアルベルト様が教えてくれた。



 え~っと、つまり、これは……


 マザコン?


 えっ! 子守り歌!? あの歳で!?



 私の中の司祭様のイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくのが分かった。


 その隣りで「また、口……口が開きっぱなし……ククッ」と、肩を揺らし、顔を背けながら笑っているアルベルト様に構う余裕もなかった。


 私がその後、何をしても身が入らず、ぼーっとした様子だったので、その日の視察と奉仕活動は、そこそこに早々に切り上げて帰ることとなった。





 今日もまた恒例のお茶会をしている。

 別に、いつもお茶会だけをしに王宮に来ている訳ではなく、ちゃんと王子妃教育を受けた後で、お茶会をしているのだ。

 ただ食べて、ボーッと気を抜きに来てるわけではないっ!


「どうしたの? ジル。そんなに力を込めながらクッキーを握ったら、ポロポロに砕けちゃうよ?」


 ハッ!

 つい、力を込めてしまった!

 もったいない!


「ホホッ 何でもありませんわ。今日もとても美味しくて、つい食べ過ぎてしまって。

さすがは、王宮の料理長自慢のスイーツの数々ですわね」

 

 私は上手く誤魔化しながら、スイーツを堪能する。そんな私をいつもアルベルト様はニコニコと見ているのだ。

 そんなに見られたら食べにくいじゃない。

 ……まぁ、食べるけどっ



「ジル、今日は僕は用事があって、見送る事が出来ないんだ。馬車の手配は出来てるから、乗り場まで1人で行ける?」


 アルベルト様が心配そうに言うが、もう何年も王宮に通っているのだ。場所はちゃんと把握済み。行けないわけがない!


「もちろんですわ。ご心配には及びません。ほんの少しの距離ですもの」

 私はそう言って、にっこり笑う。

 

「良かった。じゃ、また次の王子妃教育の日にね」

 アルベルト様は、安心したように席を立つ。私も挨拶をして、馬車乗り場に向かった。


 しばらく歩いていると、徐々に知らない場所に……



 ん?

 ここは、何処だ?

 確か、この先が馬車乗り場のはず?


 がーん!

 まさかの迷子!?


 アルベルト様に行けると豪語したのに、これはヤバい!

 


 必死で乗り場を探そうとキョロキョロしている私に声を掛けてくれる人がいた。


「お嬢さん、どうしたの? 迷子かな?」


 迷子だとバレてる……!


 

 恥ずかしくて、顔が上げられないでいると、優しい表情で、

「おいで。一緒に連れて行ってあげよう」

と、言ってくれた。



「あ、ありがとうございます……」


 モジモジしながら、お礼を言い、顔を上げると、そこには……


 そこには……。


 何と!

 とても素晴らしいナイスミドルが立っていたのだ!


 アッシュグレー色の七三分けしたツーブロックの髪、やや筋肉質なのに、紺色のスっとしたスーツを着こなし、優雅に立っているおじ様が!


 おじ様は、私にスっと腕を出し、笑顔でエスコートを申し出る。

 そのスマートな動きに見惚れながら、エスコートを受け、共に歩む。

 チラリとおじ様を見ると、その視線に気付いたように、にっこりと微笑んでくれる。


 至福の時を過ごしながら、行き先を告げ、あっという間に馬車乗り場に到着した。



「ここまで送って頂き、感謝申し上げます」

 私はお礼を言い、馬車に向かう。


「ちゃんとお礼が言えて偉いね。お嬢さんこそ気を付けて帰ってね」

 そう言って去っていった。



 ハッ!

 名前を聞くのを忘れてた!

 ナンテコト!

 見蕩れすぎてる場合じゃないじゃない!

 こちらの名前すら名乗ってない……

 なんて失礼な娘だと思われてるわね……

 なんか子供扱いだったし……



 そう気づくと、地面にめり込んでしまいそうなくらい落ち込みながら、帰途に就いた。




 そんなある日、アルベルト様と一緒にパーティに参加していると、少し先のほうに見覚えのある素敵なおじ様が……


 あっ! あの時のおじ様!


 またまたガン見している私の様子に気付き、アルベルト様が言う。


「ジル? 何処を見て……あぁ、あれはカイロン侯爵ではないかな? ジルはカイロン侯爵を知ってるの?」


 いえ、名前は知らなかったです。

 でも、なんか聞き覚えが……


「カイロン侯爵って、あの慈善事業に力を入れていらっしゃるカイロン侯爵様の事ですか!?」

 食い気味に聞いた私に、若干引き気味でアルベルト様は頷く。


「そうだよ。孤児院に多額の金銭を寄付したり、貧しい子供達に字を習わせようと私設学校を設立したりしているカイロン侯爵だよ。

ジルは会ったことあったのかい?」


 私たちの視線を感じたのだろう。カイロン侯爵が此方に向かって歩いてくる。


「やぁ、カイロン侯爵。このパーティに参加しているとは知りませんでしたよ」


 アルベルト様がカイロン侯爵に話しかける。その言葉を受けて、優しそうな笑顔で私たちに話しかけてきた。


「これは、アルベルト第2王子殿下。ご挨拶申し上げます。ここの主催者は私の慈善事業を支援してくれている1人でしてね。あまりパーティは好きではないのですが、これも付き合いですので、こうして参加させて頂いております」

と、言った後、私を見る。


「こちらのお嬢さんとは、先日お会いしましたね。こんにちは」

と笑顔で話しかけてくれる。


「あの節は本当にありがとうございました。助けて頂いたのに、名乗りもせず申し訳ございません。わたくし、ジュリア・ハミルトンと申します」


「あぁ、ハミルトン伯爵家の令嬢でしたか。こんなお可愛らしい娘さんがいらっしゃるとは、羨ましいですな」

と、目を細めて優しくこちらを見てくる。


 まぁ! 可愛いだなんて!

 どうしましょう! あぁ照れるわぁ!


 褒められてモジモジしている私を、とても優しい目で見てくるおじ様に、照れまくっていると、アルベルト様が、私の腰を抱いて自分の方に引き寄せる。


「彼女は私の婚約者なんです。ねっ? ジル」

と、アルベルト様がすんごい笑顔で私を見てくる。

 あまりの迫力に首振り人形のように頷く私。


「ほぅ? 殿下の婚約者ですか。これは、若々しい婚約者の方で、本当に羨ましい。

 失礼ですが、お年はどれ程離れてらっしゃるのでしょう? ご令嬢はまた随分お若く見えますが?」


 あら。そんなに若々しい?

 いえ、私、まだ18歳だから、それって褒め言葉としては、どうなのかしら?


 そう疑問に思ってた私の横で、アルベルト様が不思議そうに言う。


「いや? ジルは18になったから、1歳しか変わらないけど?」


 それを聞いたおじ様が、目を見開いて私を見る。


「えっ?」

 

 え?


「馬鹿な……18? いや、でも、胸が……」

 おじ様が私の胸を見て絶句している。


 悪かったわねっ! 

 どうせ、まな板ですよ! 


 そう思っている私の前に、さりげなくアルベルト様が立ち、私を隠してくれる。


「あ、いや、失礼。てっきり13~14歳くらいかと……。いや、ざんね、ンン。

 あぁ、お若いお二人の邪魔をしてしまい、申し訳ない。私はもう行きますね」


 そう言って、おじ様は、そそくさと私達の前から去っていった。


 え~っと。

 もしかして、今、残念って言った?

 なんで? 


 頭の中がはてなマークでいっぱいだった私に、アルベルト様がこっそり教えてくれる。


「あまり大声で言えないことなんだけどね。

 カイロン侯爵は、大人の女性に興味が持てないらしくて、未だに独身なんだよ。女性は15歳までっていうのが、侯爵の信念らしいよ。慈善事業の中でも、子供関連の事業に特に力を入れてるのも、そういった気持ちもあるらしいと聞いたことがある。

 まぁ、間違いが起きないように彼の補佐官が目を光らせてるから、大丈夫みたいだけどね」


 ナンテコト。

 なんてことなの。

 じゃ、私は15歳に満たない子供だと思われて、優しくしてくれたって事?


 またしても、理想のおじ様のイメージが音を立てて崩れていく事に、ショックを受けている私を見て、アルベルト様はこっそりガッツポーズを取っていた事を、私は知らなかった。




 それからも、憧れのおじ様を見つけるが、その度に、実はギャンブル狂であったとか、浮気三昧で、隠し子がいるとか、酷いのは、家の女使用人に暴力を振るって監禁していたなんてのも発覚し、さすがにおじ様好きの私もドン引きで、暫く憧れを探すのは止めた。





 そんなある日、友人のお茶会に参加した私は、そこでまたフェリス侯爵令嬢に出会ってしまった。


「あら、ハミルトン伯爵令嬢。よくお会いしますわね」


「……ごきげんよう、フェリス侯爵令嬢。ええ、そうですわね」


「今日は、さすがにアルベルト殿下はいらっしゃらないのでしょう? あなたったら、いつも殿下の陰に隠れて、ご自分の意見は何も言わないのだもの。本当にズルい人」


 今日はいつになく挑戦的だ。

 特に言う事がないから、何も言わないだけなんだけど、何でそうなるのかな?


「別に隠れているつもりはありませんけれど、何をお聞きになりたいのです?」


 私が尋ねると、フェリス侯爵令嬢は鋭い目で私を突き刺すように見る。


「あなた、本当にアルベルト殿下と釣り合いが取れているとお思いですの? こう言ってはなんですが、容姿もそこそこですし、学業や芸術にも、特段秀でているようにも思いませんし。

 そんな貴方が何故殿下の婚約者なのかしら。辞退なさらないのが、わたくしには理解出来ませんわ」


 うん、それは私も聞きたい。

 でも、伯爵家から王家に婚約を辞退なんて、出来るわけないでしょう。

 考えたらすぐ分かるわよね?

 貴方も学業は苦手なのですか?


 心の中で悪態をつきながら、

「わたくしから辞退など、有り得ないことですわ。アルベルト様が婚約破棄を申し出されるのならば別ですが」

と、冷静に返答する。

 その態度が気に入らなかったんだろう。

 近くにあった、ぶどうジュースを手に取って、フェリス侯爵令嬢は、私に向かって勢いよくかけた。


「あら、ごめんあそばせ。手が滑りましたわ。早くお着替えにならないと、シミになりますわよ」


 クスクス笑いながらフェリス侯爵令嬢がそう言うと、急に真顔になり小声で言った。


「貴方なんて、わたくしは絶対認めませんわ」と。



 仕方がないので、接待役の友人に挨拶をしてその場を辞する事にした。



 乗ってきた馬車に乗り込み、伯爵家の屋敷に向かっていると、突然外が騒がしくなり、馬車が止まる。


 何事?

 不思議に思って、馬車の窓から外を見ようとした時、扉が勢いよくこじ開けられた。


 驚きと恐怖で、声が出ない。


「こっちへ来い!」

 

 黒の覆面をした男が私を引き摺りだそうとする。


 私は抵抗したが、顔を殴られ、そのまま気を失ってしまった。






「申し上げます! ハミルトン伯爵令嬢の乗った馬車が何者かに襲われました!」


 騎士団長が国王陛下を始め、アルベルト達にそう報告する。

 ジュリアに付けていた影から報告があったようだ。


 アルベルトはすぐに立ち上がり、

「父上! 僕が行きます! 騎士団長、案内してくれ!」

 と、叫んだ。


「騎士団長、頼んだぞ」

と、その言葉に陛下も了承する。


 騎士団長の案内にて、馬で現場に駆け付ける途中で、それまでの経緯を教えてもらう。

 どうやら、ドレスを汚された為にお茶会を途中退出し、早めに帰る途中の人通りの少ない路地で、急に現れた黒ずくめの男たち7~8人に襲われたようだ。

 それらは、ジュリアを馬車から引き摺り下ろして、何処かに連れ去ろうとしたらしい。

 護衛騎士も1人ついており、影と共に応戦しているらしく、まだ連れ去られずにその場にいるとの報告だった。

 このまま駆けつければ助け出せる!

 そう思ったアルベルトは、必死で馬を走らせた。





──── 僕は、この国の第2王子だ。


 そして、幼い頃より婚約者がいる。

 婚約者の名前は、ジュリア・ハミルトン。

 ハミルトン伯爵家の令嬢だ。


 その婚約者は、初めて出会った時から少し変わっていた。

 僕はこれでも、見目はいい方だ。いや、この容姿は自慢ではないが、かなり人目を惹きつけ、天使のようだと周りから常に賞賛されている。

 出会った老若男女すべてが、僕を振り返り、感嘆の溜め息を零す。

 それが普通であり、日常だった。


 なのに、この婚約者は違う。

 僕を見ても、なんの反応も見せない。

 それどころか! 父である国王や、宰相を見て、目をキラキラさせているではないか!


 僕は悔しくて、僕を見て欲しくて、極上と言われる笑顔を見せた。

 この笑顔を見たら、ほとんどの人は頬を赤く染める。それは男であろうが例外では無い。

 なのに、この婚約者はまた反応しない。

 チラッとこちらを見て、また父や宰相に目を向けて、にこにこしている。



 その日は今まで感じた事のない屈辱で、眠れなかった程だった。



 それから、僕は何とか僕に振り向かせたくて、頻繁に伯爵家へと会いに行っていた。

 その時は別に好きになったとかではなくて、ただの意地だった。

 でも会いに行くたびに、令嬢の枠に囚われずに自然体で、溌剌としていて、元気いっぱいの彼女に惹かれていった。


 相変わらず、彼女はずいぶん年上の男性に惹かれるようで、時々キラキラとした目を向けている。

 多分それは、彼女の父上が早くに儚くなってしまった事が原因だろう。


 母君が、彼女の兄が成人するまでの間、伯爵代理として忙しくされており、兄君と2人でよく庭で遊んでいたが、時々寂しそうにしているのを知っている。

 だから彼女の気持ちは、父君への思慕の表れなのだと感じた。


 しかし、それでも彼女を好きになってしまった僕は面白くない。

 なので、彼女の憧れを潰していこうと決めた。

 大体彼女は、男を見る目がない。

 彼女が好きになる男性は、何かしら()を持っていたので、それを暴いて彼女の思いは間違いである事を気づかせていったのだ。

 最近で言えば、宰相だな。

 あいつは根っからの男色家だ。家の跡継ぎ問題があるから、渋々結婚して子を儲けたが、子が二人出来たら妻に見向きもしない。

 宰相の妻は気を病んでしまい、寝込んでしまった。

 この前のパーティでは、宰相と親しげに話せば、嫉妬深い相手の男がすぐに宰相を呼んで、事を起こす事は想定済みであった。

 だから、あらかじめ宰相達が部屋に入ったら、気付かれないように鍵を開け、扉も少し開けておくように部下に命じておいた。


 予想通り、彼女はショックを受けて幻滅していた。あの時の彼女の顔は、思い出すと笑ってしまう。あの間抜けな表情も、愛嬌があって可愛く見えるから不思議だ。


 その後は司祭か。

 あれは完璧なマザコンだ。

 いつも視察は午後からだったから、司祭と母親との交流の場面を見ていないジルは知らないが、あそこでは割と有名な話だ。

 もともと父親像を求めているジルにとって、マザコンなど論外。

 いつも行く時間をずらして、あの親子の対面の場面をジルに見せれば、万事解決だ。


 その後のカイロン侯爵の事も、実は何処で出会っていたのか知っている。ドジなジルがほんの先にある馬車乗り場に行くまでに迷っていた時に、カイロン侯爵に助けられたとか。

 てか、よくあんな距離で迷子になったな、ジル……。


 カイロン侯爵は、大人の女性は全く興味がない。

 だから、ジルを助けたのは意外でビックリしていたが、まさか13~14歳に思われていただなんて、全くジルはいつでも僕を笑わせてくれる。


 その後も、浮気して隠し子を作っている者や、暴力監禁男など、次々と彼女のお気に入りの闇を暴いていった。


 残念ながら、騎士団長には暴くほどのものがなかったので、再婚相手を用意してやった。


 さすがに次々とお気に入りのオヤジ達の、理想と現実とのギャップを目の当たりにして、彼女も考えを改めたようだ。

 最近は、そういった様子もなく静かに過ごしている。

 僕は、達成感に満足していた。



 しかし何も、ジルのお気に入りを暴く事だけに専念していたわけではない。

 ジルは、この僕の婚約者だ。

 昔から、色んな令嬢たちから妬まれ、色々と嫌がらせを受けている。

 なので、危険なものや、ひどい嫌がらせなどは、あらかじめ此方で処理をしてジルの身を守っている。

 ジルは全く気付いていないが……。



 そして、今回ジルに付けている影から、ジルの馬車が襲われたという連絡を受け、僕は血の気が引いた。



 ジル、絶対に助け出すから。


 だからどうか、無事でいて。






────う~ん、なんか顔が痛い。


 なんか耳元で大声で叫ばれてるし、うるさい。わかったから叫ばないでよ。


「ジル! ジル! ああ、頬がこんなに腫れて! ジル! 目を覚まして!」


 その声にハッとして私は目が覚めた。

 そして今、アルベルト様が私を膝に抱きかかえながら、心配そうに私の顔を覗き込んでいる事がわかった。


 って、えっ?

 なに、この状況。

 え~っと、私、どうしたんだっけ?

 確か、ドレス汚されたから馬車に乗って帰る途中で……。


「あ――――!」

 思い出した! 馬車が襲われて、誰かに引き摺り出されそうになって、殴られたんだ!


「ジル! 良かった、目が覚めたんだね!」

 アルベルト様が泣きそうな顔で私の顔を見る。


「アルベルト様? 何故アルベルト様がいるのです? 私、どうなってたんですか?」


「ジルが馬車に乗ってる最中に襲われたって報告を受けたんだ。ジルに付けてた影と護衛騎士のお陰で、攫われる前に助け出せて、本当に良かった」


 アルベルト様が私を抱き締めて、そう話す。そして、そのまま私の頬に手を添え、

「頬を殴られてしまったんだね。城に着いたら、すぐに手当をしてもらうよう手配しているよ。もう大丈夫だからね」

と、大事な宝物を扱うように丁重に労わってくれる。


 そんなアルベルト様を見ていると、徐々に先程の恐怖を思い出し、私はアルベルト様にしがみついて泣いてしまった。


「えっ!? どうしたのジル? 他にも何処か痛い? 

 早く、城まで急いでくれ!」


 焦ったアルベルト様が、馬車を急がせた。

 そして、私はアルベルト様の温もりに包まれながら、また気を失ってしまった。





──── コンコン

 ドアのノックの音に気づき、「はい」と返事をする。


 入って来たのはアルベルト様だ。


「良かった、ジル。目が覚めてたんだね」


 城に着いた私は、アルベルト様の部屋のベッドに寝かされて治療を受けたようだ。

 医者の話では、頬を殴られて倒れ込んだ時に頭を打ち、脳震盪を起こしたのだろうとの事だった。

 そう。ここはアルベルト様の部屋。

 アルベルト様のベッドで私は横になっている……。


 いやっ、駄目でしょう!

 

「アルベルト様! 何故私がこの部屋で寝ているのでしょう!?」


 慌てている私に、なんて事はないふうに

「え? 婚約者なんだから問題ないでしょ?

それに急だったから、客間の準備が間に合わなかったし」


 問題はある。あるが、急に部屋が準備出来なかったと言われると、何とも言えない。


 それよりも私がアルベルト様に言わなければならないのは、感謝の言葉だ。


「アルベルト様。この度は危ないところを助けて頂き、本当にありがとうございます」


 起き上がろうとした私を、軽く推し留めてアルベルト様は、首を横に振る。


「助けるのは当たり前だよ。

 ジルに何かあったら僕が耐えられない。

 本当に無事で良かった」

 

 アルベルト様が私の手を握りしめて、真剣な眼差しで見つめてそう言った。


 ドキン


 ん? ドキン?

 アルベルト様に見つめられて、私、今ときめいてる!?


 一旦意識すると、握りしめられている大きな手や、さっき抱き締められた時の温もりなどを思い出し、一気に恥ずかしくなる。


 真っ赤になった私を見て、熱があるのか心配したアルベルト様だったけど、何とか大丈夫である事を伝えて納得してもらった。


「あの、わたくしもう大丈夫ですので、そろそろ帰ろうかと……」

 私がそう言うと、

「ああ、今日は大事を取って1晩ここで休んでいく? 添い寝してあげるよ」

と、笑顔で言う。


 その笑顔は、今まで見たことのないくらいの色気が含まれていて……。


「いえ! 帰ります!」

 恥ずかしくて全力で拒否してしまった。


 アルベルト様はそんな私の様子を気にせず「そう? 残念。まぁ、君の母君と兄上が迎えに来ているから、仕方ないか」

と、余裕の笑顔を見せる。


 くっ! からかわれたのかしら。


 そして私は、母と兄と共に家に戻った。





──── さて。


 僕のジルをこんな目に遭わせた者をどうするか。


 

 ジルを助け出し、犯人たちを一網打尽にし、何故ジルを襲ったのか吐かせた。


 最初は口を割らなかったけど、吐かせる方法などいくらでもある。


 その方法を一つ一つ試していくと、案外早めに口を割った。

 もっと色々試したかったのに残念だ。


 で、黒幕が誰なのかを突き止めた。


 バーベラ・フェリス侯爵令嬢


 あの女が破落戸を雇い、ジルが暴漢に襲われたと見せかけて、ジルを乱暴したあとで殺すつもりだったらしい。


 それを聞いた時は怒りで全身の血が沸騰しそうになった。


 絶対に許さない。


 まずはジルの顔を殴った奴に、生まれてきたことを後悔してもらわないとね。


 

 フェリス侯爵令嬢は、どうしてやろうか。





 私はあの事件の後、顔の腫れが治るまで学園を休んで、自宅療養をしていた。

 と言っても、別に病気でもないし、顔の腫れも大分ひいている。

 明日にでも学園にいけそうなのだが、アルベルト様がまだ許可を出してくれないのだ。

 

 そしてアルベルト様は、毎日うちに見舞いに来てくれる。


「ジル。お見舞いに来たよ。調子はどうかな?」


「アルベルト様、ありがとうございます。

 お陰様ですっかり良くなりましたのよ。明日にでも学園に戻れそうですわ」


 私がそう言うも、なかなか首を縦に振らない。


「もう少し安静にした方がいいよ。脳震盪を起こしたんだから、油断は禁物だよ」


 この会話も数日は繰り返している。


「犯人は捕まえたのですよね? 目的は何だったのです?」


 ずっと気になっていたので、聞いてみた。


 アルベルト様はニッコリ笑って、

「ジルは気にしなくていいよ。もうこんな事は起きないからね」

 と、教えてくれない。

 犯人の事を聞いても同じだった。




 暫くして、ようやくアルベルト様から学園に行く許可がおりて、久しぶりに学園に通うと、いつもと少し雰囲気が変わっていた。


 何だろう? やけに静かだわ。

 そう思っていた時に気付いた。


 あ、いつも絡んでくるフェリス侯爵令嬢がいないんだ。


 どうしたんだろうと思っていた時に、前方からフェリス侯爵令嬢の取り巻きをしていた令嬢の1人が、こちらに向かって歩いてきた。


「ごきげんよう。あの、少しお伺いしたいのですが、フェリス侯爵令嬢はどちらにいらっしゃるのか、ご存知?」


 私に気付き、質問を聞いた途端、身体を震わせながら、

「ご、ごめんなさい。わたくし知りません。申し訳ございません!」


 そう言って、慌てて去っていく。


 何? その反応。

 今までそんな反応してなかったよね?

 いつも侯爵令嬢と一緒に、嫌味の1つくらい言ってこなかったっけ?


 その後も同じような場面に遭遇し、首を傾げるような事が続いた。



 その数週間後、フェリス侯爵令嬢は退学したことを聞いた。

 そして、なんと驚いた事に、フェリス侯爵家自体も没落したとか。

 一体何が起きれば侯爵家が没落するのか。

 全く謎のまま、日は過ぎていった。




 そして、私はいつもの日常に戻っている。

 今日も恒例の婚約者とのお茶会だ。


 ただ最近は、気の抜けたお茶会とは行かなくなった。

 何故ならば、私がアルベルト様を意識し始めたから。

 テンプレートの褒め言葉でさえ、嬉しくて照れてしまう。

 おかしい。私の好みでは無いはずなのに。



 そして、そのアルベルト様は、いつも機嫌は良かったが、更に最近は上機嫌だ。

 そして、とにかく甘い。甘すぎる。

 私は調子が崩されっぱなしで、何だか悔しい。

 でも、アルベルト様が嬉しそうだから、まぁいいか。



 そんな感じで、いつものお茶会を楽しんでいた。





──── 最近、ジルが凄く可愛い。


 あの事件以降、ジルの僕を見る目が違う。

 いつも、少し恥ずかしそうに頬を染め、そしてそんな自分に変だと不思議そうにしている。

 ふふっ。ジルはまだ気付いてないんだね。

 最近ジルは、全くオヤジ達に目が向いてない事を。

 

 ジルが僕を意識しているなんて、こんな嬉しい事はない。


 あの事件は許せないし、今でも腹立たしいけど、ジルが僕に意識し始めた事だけは僥倖だったな。



 あの後、もちろんフェリス侯爵家は潰した。

 もともとフェリス侯爵家は後ろ暗い噂があったから、潰すのは案外簡単だった。


 そして元フェリス侯爵令嬢のバーベラは、劣悪な環境で有名な娼館に送ってやった。

 あの娼館は、来る者拒まずで客を選ばず、変な性癖を持った男共がよく通うらしいから、娼婦たちはすぐに壊れるそうだ。

 あの女も長くはもたないだろう。


 ジルを暴漢に襲わせて殺す計画を立てた女だ。その罪は自身で身をもって知って貰わなければな。


 そしてジルが学園を休んでいる間に、ジルを貶めていた者や、嫌がらせをしていた者も粛清しておいた。


 ジルが学園に戻る頃には、静かになっているだろう。


 全く王族の婚約者を何だと思ってるのか。

 これで少しは懲りただろう。

 ジルには、楽しい学園生活を送ってもらいたいしね。


 これからも僕は、ジルの為に色々と動かねばならない。

 ジルの世界を守り、変わらず呑気な笑顔を僕に見せてくれるように。


 またジルの悪い癖が出たら、その男の闇を暴く為に、常に周りの情報収集も欠かせないな。

 ジルが僕だけを見るように、僕は常に策を凝らしていくからね。


 そんな事を考えながら、愛しいジルを見ていた。




──── そんな日々が続き


 本日も王城のバラ園の四阿でいつものお茶会をしていると、珍しく陛下がそこに姿を現した。


「やぁ、お邪魔だったかな」

 と、陛下はにこやかに声をかけてくる。


「王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」

 私は慌ててカーテシーで挨拶をする。


「ここでは、そんなに堅苦しい挨拶はいらないよ。楽にしていいよ。ジュリア嬢」


 陛下が笑顔で優しくそう言ってくれる。


 ああ! 最近忘れていたけど、やっぱり大人の男性って素敵!


「父上、何故こちらに?」


 アルベルト様は不機嫌だ。


「まぁ、そう怒るな。あの事件以来、ジュリア嬢とはちゃんと話せてなかったから、元気にしてるか気になっただけだよ。

 ジュリア嬢、もう大丈夫かい?」


 そう陛下が言ってくれる。

 素敵なおじ様の代表である陛下にそう言われて、また舞い上がりそうになるのを必死で抑えて、返答した。


「はい、陛下やアルベルト様の御尽力のお陰で、何事もなく平和に過ごさせて頂いております。

 身に余るお言葉を頂き、恐悦至極に存じます」


 私の返事に満足げに陛下は頷く。


「それは良かった。では私はもう行くとしよう。長居をすればアルベルトに恨まれそうだしな」

 と、笑いながらこの場を後にされた。


 アルベルト様は何とも言えない苦々しい顔をして、陛下を見ている。


 そんな様子を見ながらクスッと笑い、改めて陛下の跡を目で追う。


 やっぱり、大人の男性は余裕があるわぁ!

 その上、陛下は彫りの深い極上のハンサム! そこに冷静さと渋さが備わってるなんて、なんてことなの!


 久しぶりの素敵なおじ様の魅力にやられている私に、アルベルト様がこっそり言った。



「僕は、父上にそっくりだからね。僕は将来、父上みたいになるよ」



 な、なんですってぇ!



 目をキラキラしながらアルベルト様を見る私を、アルベルト様は、にっこり笑って、

「だから、これからも僕だけを見ていてね」

 と、満足げにおっしゃった。





  ~完~

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分に振り向かないから意地になって、とあったので振り向いた途端に興味を失くすかと心配でしたが ちゃんと気持ちも続く様で安心しました。 オチは多分きっとそうくるだろうなと思った通りで笑いました…
[一言] これはヤベェヤツに捕まったなー まあ、気づかなければ幸せだから殿下に頑張っていただく他ないな
[一言] 宰相の奥さんが可哀想すぎるので彼女に救済を…。゜(゜´Д`゜)゜。
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