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休みと卒業 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よーし、今学期の皆勤賞まであと1か月くらいだな。

 むふふ、誰でもゲットできる可能性のある勲章として、これほど分かりやすいものはないと思わないか?

 休まずにしっかりとその場にいること。習慣づいた人には「何を当たり前のことを」と思うかもしれないが、大人になるとこの休み知らずがありがたいんだと、親たちが話すのを聞くんだ。

 いざというときの穴を埋める。歯車が回っていくうえで、とても大切なことだ。

 個人的な感覚では、そのように道具扱いされるのを否と思う人がいるのも、もっともな話。しかし社会全体で見ると「当たり前が、当たり前でいられるよう」に守ることにつながっている。


 俺たちが心のどこかで信じがちな、いまも明日もつつがなく過ぎていくこと。休まないでいる誰かのおかげで、そいつが持続できている。個々で見るならささやかな取り組みかもしれないが、全体で見れば大きな影響だとな。

 だから、俺たちが何気なく過ごすこともある、一日一日。これもまた大きな意味を持っているかもしれない、と親から諭されたっけな。いかなる一日も、のちのちの伏線になりえると。

 それを裏付けるためかわからないが、不思議な話も一緒に教えられたんだ。耳に入れてみないか?



 親父が中学校の時分。クラスにやたらと欠席の多い子が、ひとりいたのだそうだ。

 中学校での欠席は、3年間でおよそ30日以上あると、審議の対象になることもあると聞く。いわゆる進学が難しくなるかもしれませんよ、というおしらせといったところか。

 単純計算だと1年に10日程度の欠席までが許される。そいつを合計2か月以上も休めばいやでも目立つというもの。

 一週間で見たなら、たいてい1,2日くらい。長期休みも考えると、さらに集中して休む週もあったようだ。


 こうなるとプリントのお届けも必要になってくる。

 たまたま家の近かった親父が、その係に任命されるものの、彼とは真逆の皆勤ボーイだったという親父にとっては、気に食わなさを感じていたとか。

 親父は誰かに頭を下げることも、ものを借りるのも嫌いだ。

 謝ることそのものが嫌なのではなく、そのために相手の時間を取らせること。遅れを取り戻すために余計な時間を割く必要が出てくること。そのために自分がやりたいことの時間が削られること。

 これらもろもろを避けたいと、常日頃考えていたらしいんだ。だから、休むことによって面倒を増やしていく彼の行動は、なんとも理解しがたくて、気持ちのいいものじゃなかったとか。

 通いなれた一軒家の呼び鈴を鳴らせば、いつも彼のお母さんが応対してくれる。行き来の際にうかがう家の窓たちなどは、特にカーテンなどを引いて、物を隠す様子もなく。

 ともすれば、ひょいと休んでいる彼が顔を出してもおかしくはなかったとか。しかしそのあたりはきっちりしているのか、気配を感じることはなく。

 いざ登校してくれば、親父の考える面倒で無駄な行動をせっせと行っていき、悪びれる様子もない。親父にも礼を言ってくれるものの、心の内ではおもしろくなさを感じ続けている。

 それは一年次の間、ずっと続いた。そして二年次も同じクラスになり、同じ役割を仰せつかうことになり、外面を気にする親父は、表向き快く引き受け。

 また新しい一年の流れが生まれてしまったんだ。

 

 すでに2年間で合計100日分は、彼の家へ向かっただろうか。

 平素、そこまで親しいわけじゃなく、家にあがって遊んだこともない。彼の家庭の事情はちっともうかがいしれない。

 それでも、どうにか私的に休みの実態を探ってやろうと、親父は思っていたそうだ。

 とはいえ、大それた調査をするほどの胆も心臓もない。せいぜい彼が休んだ日をチェックし、何かしらの共通点がないかを割り出そうと試みるくらい。

 こうすりゃ、次にあいつが休むときが予想できて、心の準備もできるだろう。少しでも面倒を避けたい気持ちが、ここにもあらわれていた。

 

 そうやって数を重ねていった結果。親父はとあることに気づいた。

 1年目のうろ覚えの記憶もたどったことで、どうにか輪郭にたどり着けた程度だが……彼は「同じ日」を休むことがない。

 昨年、休んだときと同じ月、同じ日を欠席することは、一度もなかったんだ。

 年によって曜日はずれるから、特定の曜日に休みが集まるときは、まれにある。だが同じ日に休むことは一度もない。

 

 2年次が終わるまで、親父は偶然もありえると思い、追及はせずにいたそうだ。

 それが3年次になり、またもや同じクラスになり、同じ役割を引き受けるにあたって。疑いを確信へ持っていく道筋を得られた。

 割り出した、この2年間で休んでいない日。彼はそこをきれいに踏んでいくんだ。

 ほんの一日でもずれれば、そこは去年やおととしに休んだ日。その日をきれいにかわし、休んでいくんだ。

 出席簿をチェックしている先生たちは気づいているかもしれないし、もう話もしてあるかもしれない。

 自分の予想が裏付けられるにつれ、親父もふつふつと腹が立ってくる。

 ひとまず夏休み終わってもこれが改まらない場合は、理由を問いただしてみよう。そう決めて、7月に入ったその日も、親父の予想した日に彼は休んでいった。

 

 たまたまその時は、親父の隣が彼の席だったらしい。

 これまではある程度、距離が離れていたのだけど、彼の隣になった人からたびたび、妙な噂を聞いた。

 誰もいない彼の空席から、ときに椅子を引く音や、机の中がへこむような音を、不意に耳にするというものだ。

 意識の向いていないときに来るから、実際に動いていたかはわからない。虫とかがぶつかったり入り込んだりしたのかもしれない、との話だ。言葉に気味悪さがにじむのも、無理はなかった。

 親父は授業を受けながらも、スキさえあれば彼の席へ目と気を配っていたらしい。

 そうして6校時めの終わり。あとは掃除と帰りのホームルームを残すばかりで、多くの人が気を抜きかける瞬間。

 

 ざりっ、と椅子を引く音がして、親父はそちらを向いた。

 はた目にはたいした異常もないように思えるが、2年分の日付をチェックする執念が親父にはある。机椅子の定位置も、しっかり確かめていた。

 結果、フローリングのわずか1タイル分、椅子が後ろへ下がったことが分かったんだ。誰も触れていないにもかかわらず。

 トリックでも仕込んでいるのかと、親父はその日の帰りはあえて届け物をするにとどめ、撤収。翌日の登校してくるときに、機を見て彼に声をかけ、記録も添えたうえで尋ねてみたんだ。


「よく調べたねえ」


 彼は心底、感心した様子で拍手まで贈ってきた。

 そこへさらに継がれた言葉によると、自分の付き合った机と椅子が、もう「卒業」したがっているから、と話してくれた。


「寿命ってことか?」


「ううん、卒業。もうさ、あの机と椅子。厳密にはあそこに宿っているものが、もうこことは別の場所へ行きたいんだって。そのお手伝いをしたのよ」


 あの椅子が勝手に動く様子を見ていなければ、あほらしいと一蹴していただろう。

 彼曰く、卒業ということは授業などを受けておかねばならない。自分が学校を休んだのは、彼ら用に席を空けていたのだというんだ。

 勝手に動いたという件の声は、彼らがぬかったり、はしゃいだりしたんだろう、とも。

 先生に話は通っているらしく、出席日数については心配無用とのこと。そうして机椅子に宿る彼らの学習も、1年分を3年かけて教え込んだから、もう卒業は間近だという。


「もし、まだ信じられないなら、卒業式が終わってからまた、この教室へ来なよ」


 彼の言葉を受けて、数か月後。

 用事を済ませた親父が教室へ戻ってくると、彼はすでに待機していて、親父を手招きしてきた。

 二人はいつもと変わらず、机たちの並ぶ教室へ立ち入るも、雲間に隠れていた陽が、さっと彼の座っていた席へ差し込んだとたん。


 机も椅子も、足元から壊れていった。

 もともと粘土でできていたものが、溶けていくような崩れ方だったという。

 音は立たない。先んじて折れたり、倒れたりして床へ落ちゆくものは、しかし衝突の間際で、同じように不定形のぬかるみへ姿を変えてしまい、寝そべってしまうものだから。

 そうして床へくっついたはしから、彼らは体の「かさ」そのものも減らしていき、干上がるように消えて行ってしまったとか。

 終わった時にはもう、彼の席一つ分の空白が、ぽっかり教室に横たわっていた。

 あの机椅子の中身もまた卒業して、自分の身の丈に合った場所へ宿りにいったのだろうと、彼は話していたようだよ。



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