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翼の行方  作者: カワウソに恋する子
親離れ
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急変

目を開ければ、木々の隙間から陽光が網膜に差し込む。木に寄りかかってた身体を起こすと、陽光の温度が温かい。


両翼の翼を広げて、そのまま後ろに倒れこんだ。上には枇杷似の実が存在を主張している。昨日は身体も心も限界だったが、今日は心が限界だ。疲れきって何の気力もない。寝疲れというやつかもしれん。


横を向くと、目の前に枇杷似の実が転がっていた。周りを見れば、何個も転がっている。


夜中のうちにでも落ちてきていたのか。頭とかに直撃しなくて何よりだ。


目の前のやつは、四分の一ほど食べられている。たぶん昆虫や芋虫に食べられて落ちてきたのだろう。


ぐうっ~。


俺の腹の虫が暴れている。


そうか、半日も食っていなかったのか。


枇杷似の果肉は柔らかそうで、果汁が地面へと垂れている。ほのかに香る甘い香りは俺の自制心を沈んだ優しく溶かしていく。


枇杷似だし、昆虫だって食ってる。それに、俺の腹の虫が胃を穴ぼこだらけにしちゃう。


この食いかけは嫌なので、綺麗なのは~っと。


ほぼ傷なく残っているものを発見。昆虫にも食われず、落ちたときの傷はほぼない。


君に決めた!


無垢な獲物に嘴を突き立てる。柔らかい薄皮を貫通すれば、命を繋ぐための栄養が詰まった果肉と果汁。


嘴で枇杷似を持ち上げれば、舌の上を滑り落ち消化管を吸い込まれる。


甘っい~!


裂け目から滲みだしてきた果汁は決壊するように、俺の喉へ向かってくる。嘴で柔らかい果肉を食い千切れば、乾ききった大地に雨が降ったかのよう。嘴にキツツキを憑依させ、種を丸裸にするまで止められなかった。


美味しい、美味しすぎる。知らず知らずのうちに俺は甘味に飢えていた。


鳥生になってから食っていたのは芋虫だけ。芋虫は俺たちにとっては肉だが食べないと生きていけない。


果実は嗜好品。無駄と同じで食べなくてもいいものは美味い。甘味の貴重さが鳥になってから分かるとは。


半日の空腹を一個の枇杷似で収まるはずはなく、転がっている枇杷似を半分、五個ほど食べた所で嘴止まった。カラスの体も不便だ。この十個も食べきれないとは。


そういえば、昨日の寝る前に見たオオカミはなんだったのか。


恐怖心で幻覚を見たのか、限界の睡魔のせいかなんか安心感はあったんだよな、ポンコツオオカミさんぽかったからかな。


木の裏に回ってポンコツオオカミさんが痙攣していた所を確認。


さすがにいない。枇杷似の種が二、三個転がってる。食べてくれたのかな?


十個以上運んだのに、食べ残しが三個・・・。


丸呑みは体に悪いからね!最後の三個で気づくとはホントにポンコツだな。この世界の植物の種は胃の中で発芽しませんように。ま、美味しかったら何よりです!


俺の体も大丈夫だし、毒はなかったみたい。無償で甘い食べ物を分け与えてるとはなんて優しいんだ、それも多大な労力を割いてまで。


いや~良いことしたわ。俺くん、聖人君子の生まれ変わり説あるな。


では自称聖人君子の異世界カラス転生系の俺、現在ホームレス。


周りを見渡しても、木、木、木。どこも同じ風景のせいで見分けなんてつきはしない。命懸けの鬼ごっこの記憶だって、無我夢中で走っていたから曖昧だ。


ここはどこ?私は聖人君子の生まれ変わりっていう状態だ。


カラスの帰巣本能とやらに頼ってみようか。俺に備わってるかも分からないものに。


もう別に巣に帰らなくても困らない。


早めの巣立ちだ。独り立ちをする時期。


さすがに俺にあの巣は狭すぎた。もう決めた。俺はこの森を出る。


この人生を一片もつまらないものにしたく無い。全てに目を輝かせて生きていきたい。


もう物事に無関心になりたくはないんだ。飽きなんて来る前に去っていく。


どこへでも飛び、どこへでも現れて、飄々に去っていく。お金、仕事、人、時間になんて縛られない。自分を縛るのは自分だけ。


自分は自分の操り人形(マリオネット)。楽くて、愉快で、自由な物語を作ろう。


子供っぽい、そうだよ。全部が探検で冒険だ。舞台は異世界なんだからピッタリだろ。


俺は前世で反省は生かす男だ。


物語の幕を上げよう。


ある森の一匹のカラスは走り出した。


見上げるのは酷く綺麗で澄み渡った空。


翼を広げて羽ばたく。


地面に黒の痕跡を残して。





::::::::::





冒険者組合の一室。


喧騒に包まれている一階の一角とは違い、片眼鏡モノクルを掛けた男がペンを静かに走らせている。


「センシさんッ!」


静寂を破ったのは、いつも落ち着き払っている組合のは職員だった。


ノックもせず力任せに開けられたドアが片眼鏡モノクルの男を呼んだ音と重なる。


走らせていたペンを止め、書類に落としていた目を上げる。


「町の入り口に森の賢者の子供が!それも衰弱し切っていて!」


森の賢者。その単語が飛び出た瞬間の片眼鏡モノクルの男は立ち上がった。


「続けろ」


片眼鏡モノクルの男が先導する形で、小走りに階段を下りて行く。


「取り合えず雛鳥の周りの安全を確保してます。後は衰弱しているので食べ物の準備を」


「よし、後は魔物使い(テイマー)か、召喚士(サモナー)呼んでこい。もちろん、精神感応(テレパシー)を使える者を」


「分かりました」


「先に現場に行く」


「よろしくお願いします」


幾分か部下は落ち着きを取り戻した。元は有能な男だ。


今回焦るのも仕方がない。


十何年ここに暮らしている私でもこんなこと初めてだ。


被害をどこまで抑えられるか?


この立場になると消極的な考えをするのももう常だな。


"ッッッ!!"


頭に強制的に送り込まれた


『憤怒』


森の賢者はもうお怒りだ。


もう取り返しもつかない所にいるのかもしれない。最悪な想定が頭を埋めつくした。

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