オオカミとカラスの鬼ごっこ(命懸け)
オオカミの駆ける音がカラスの耳朶への響きを強くする。死神の鎌に三度目はない。今度はより正確に死神の鎌が振るわれることだろう。
オオカミの足が深く曲がり力を溜める。口は小さく開かれ、その牙は逃げ回るカラスを易々に突き立つのは想像に難くない。両翼を大きく不格好に逃げるカラスの命運はここで尽きるのか。
まずい!まずい!まずーーーーいっ!
・・・魔法。そうだ、俺には魔法がある。この風を吹かせる魔法で。何とか状況を打破しなければ。
ダンっ、後ろで大質量が跳ぶ音が音がした。自分の影はより大きな影で塗りつぶされていく。上を見ればオオカミのお腹の白毛も見える。どうにか押さえつける気だ。
捕まったら死ぬっ!ジャンプしても間に合わない!取りあえず、風よ吹け!
たった三回目の魔法に命を賭けることになるとは。
正に一世一代の賭け、ってな。ガハハ!
やめろ、俺!頭がおかしくなったか、オヤジ臭がするし!
そして、オオカミはカラスを跳び越えた。
オオカミの見誤りではない。カラスが急激に減速、なんなら引き下がったのだ。跳んだ後に勢いをどうすることもできず、自分の下を見つめるしかないオオカミ。跳び越えるオオカミをポケーと見守るカラス。
・・・天才か!俺!
相手の意表を突き状況を打開する!この頭の回転!
減速はカラスの両翼から突如出た風がもたらした。必死になった時に出たのは人間の走り方。
そのせいで翼をブンブン振り回しながら走っていた。
おかげで、死ぬ気で放った風は前方に発射され、反動でカラスは減速、そして停止した。さらに後方に戻ったのだ。
魔法の行使は三回目という下手くそさと不器用さが命を救った。
本来、うまく魔法を使って飛べていればこんな危機にはなっていないのだが。
うん?動かないぞ。オオカミは俺に背を向けたまま微動だにしていない。諦めたか?
刺激しないようにゆっくりと後退る。心を穏やかに、まるでお花が周りに咲き乱れているかと思って、お花を踏んじゃいけないよっ。やさしく~、ゆっくり~。
"ワオォーーーン!"
赤色の月に何か誓うように遠吠えをした。
ダッシュ!ダッシュ!即ダッシュ!
生遠吠えだっ、かっこいいと思いつつ逃げる。男子の心と引き換えに死にたくはないんだよ。
"ワァウウ"
本気の咆哮を聞いて身体が少し跳びはねる。
オオカミの跳びつき回避しようと状況は何も好転していないのだ。目の前に死が迫っていて、後のことなど完全に目がいってなかった。いつか捕まる、喰い殺される。ずっと一本道。
"カアアァァーーーーー!(ママーーーーーーー!!)"
対抗して俺も叫んでママを呼んでみた。さっき来たばかりだし効果も薄いだろうが、今の俺は藁にも縋る。
え?まさかこいつ仲間呼んだとかじゃないよね!?
怒り狂ってるこのオオカミならあり得るかもしれない。今喰い殺されてないのがまず奇跡なのに、状況は好転するどころか、悪化し続けてる。
どっかの神様は俺に恨みでもあるのかな?俺、お前嫌い。
・・・ウソウソウソ!ウソです!
どうにか助けてくれませんかね?神様。厚かましくて申し訳ないんですけど、どうにか、慈愛を恵んでくれたらな~なんて!
カラスが逃げ惑っている最中、見つけたのは木の葉の小山。新緑が風の運びで集まったものだ。
カラスはそこへ猪突猛進。
小山を弾き跳ばしながら小山の中を突っ切ってく。木の葉が舞い上がる。
木の葉なんかに怯まないオオカミも進路を変えず一直線。
いきなり吹く一陣の風。
オオカミに木の葉が向かってくる。
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誇り高き我ら一族が木の葉などに恐れず。
一段階ギアを上げる。カラスなんぞを逃がすなど万に一つもない。肩を突き出し体を薙げば、木の葉は散っていく。
我らは獲物も罠も食い千切ってやろう。それは我ら一族の誇りと同義ッ。
木の葉が散れば、現れるのは中空に浮いてるカラスが見える。
"ガルゥガッ"
無様なカラスだ。飛べないのであろう。そんなこと最初から分かっておる。今さら空へ挑もなんて無謀なことを。せめて最後まで逃げ腰か。
ふん、そんなものか。立ち向かう気概も見せないとは。
結局は食い破るに決まっているのがな。
お前を殺すのは月喰の一族、テランだ!
飛べないカラスが中空で逃げることはできない。オオカミはまたさらに一段と跳んだ。
鋭利な牙を並び揃う口を開ける。飛び散る羽、溢れ出る血、砕く骨。唾液が牙から滴り落ちる。簡単には殺さない。喰いながら殺す。
お前に悲鳴はどんなスパイスになるのか、楽しみだよ。生命を食べることが俺にとっては命だ。
"ボンっ"
カラスは突如として、左に弾ける。飛べないものは中空で逃げれない。オオカミもそれは同じ。
獲物ばかりに目がいき、先が見えていないものは狩人失格。決して獣に振り回される者を狩人とは呼ばない。
オオカミの目の前には揺るぎそうもない大木。視界の中で大木が占める領域はとめどなく広がっていく。
なッ激突する!俺を嵌めただと!どうにか横にずれ・・・バゴンっ!
鼻先から体が凝縮されるような衝撃が駆け尻尾が跳ねる。重力に従い地面に突き放されれば、腹から突き上げられ衝撃で内臓と骨が軋む。
痛みで神経回路が狂ってしまったのか。それか痛みの情報が渋滞でも起きているのだろうか。体がピクリと、芋虫並みにしか動かない。
痛みなんぞに負けるほど、我らの誇りは軽くない。動けっ。動けっ。月へ誓いを立てたのだ!俺の叫びはどこに行けばいい?
扉が閉まるように外界の光は消えていった。
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