魔法!?
末っ子も親鳥も、翼を翻かせた訳でもないのに体が一回、フワリと浮く。ただ跳んだだけかと思ってたけど物理的におかしい。
明らかに、フワリってなってから翼を動かしてる。飛び始めの労力が一番かかるはず。そのタイミングで魔法を使うことは理にかなってる。
俺にも魔法が?
問題はどうやって"魔法"を使うか。
本能とかで使ってるなら、俺も飛べばいけるか?使えなかったら逆に厄介になるかもしれない。元人間だしな、その可能性はめっちゃくちゃありそう。
教えられることでもないだろ。野生動物は見て学ぶ。大体そうだ。バカなやつから死んでいく。
ま、飛んでみれば分かること。
死にはしないさ。大丈夫。
正直ビビってた。末っ子が飛ぶのに失敗して。けど、行けるね。
こんなに人生って楽しかったけ。
俺は巣から走り出す。
もちろん心意気は大空を自由に翔ぶこと。魔法を使う想像と共により自由に。
俺は大きく翼を広げる。俺は巣の縁を強く蹴って、中空に飛び立った。足場は遥か下の地面。もう巣に戻るなら、親鳥か、自分で飛ぶのに。
フワリと浮いた。
翼の下に、確かに上昇気流が来たのを感じた。
決して巣から跳んだせいではない。明らかに翼の下から風が生み出された。
俺は上昇気流で浮いた体を維持しようと、翼を何度も翻かせる。けれど、その行為は結局滑空でしかなかった。
木を一つ、二つ進んだだけ。俺の最初の飛行の成果だ。末っ子よりの飛距離は上回った。着地した場所でまじまじと両翼を見る。
・・・これが魔法。
今なら行ける。
両翼を広げ、飛んだ瞬間の光景を、感情、そして感覚を呼び戻す。
ザサー、木の葉が舞った。
俺を引き立てるように両翼でかけのぼり、ヒラヒラと降りてくる。
翼を動かした訳じゃない。身じろぎ一つしていない。なのに、木の葉が舞い上がる!原理?仕組み?・・・一切分からん!
だから、魔法!これこそが魔法!
飛べないだけどね!
風の力はそれほど強くない。身体が浮くのもほんの少し。地面があるなら跳んだ方がマシ。これじゃあ、連続で使ってもたかが知れてる。ほんとに飛ぶ補助という感じ。
魔法だけど夢はない。
ほにゃららカッターみたいに、風で何かを切り裂くのは無理だろうな。現に木の葉だって切れないし。
俺は自力で戻れない巣を見上げる。何か重だるいような気もする。魔力やらなんやらのエネルギー源も分からないし、気のせいかもしれない。
取りあえず、親の帰りを待ちますか。末っ子の巣跡地を直してやろうかな。自然と大股になった足取りで巣のある木に戻る。軽快も加わってもうルンルンだ。
そこでバチリッ!
右足と左足が九十度で振り上げている右足まで固まる。視線を交わしている時間は濃厚。思考は枝のように広がるも全て無駄足。相手の一挙手一投足を感じ、水晶体の奥に透ける目的。
いや、その涎の垂れる口からも分かる。
俺を食べたいみたいだ。・・・オオカミさんは。
オオカミさんとしては文字通りに降って湧いた獲物。
人間でも鳥でも関係なく切り裂くであろう白爪、赤い舌が覗く骨まで砕きそうな強靭な牙、灰色の森の枝にも葉にも傷つけられない毛皮。俺の知ってる立派な狼だ!
弱肉強食を表した、野生動物の縮図のような鬼ごっこはピストルなしに始まった。地面に残っている左足をそのまま百八十度を回転させた。背を向けた猛ダッシュ。迷いなどなかったおかげでスタートはやや優勢。
人間からカラスに生まれ変わり、俺は鳥生での初めてのダッシュ。-走りずらい!
身体の構造上走るのが速いのはもちろんオオカミ。みるみる差は縮まり、幾ばくもしないうちの喰い殺されるのは火を見るよりも明らか。
鬼ごっこからかくれんぼへと変更しようと画策しようにもしようがない。前世で言えば、今は春。草木も太陽を一身に受けて成長させる頃。隠れる場所などないのだから。
ジグザグ走法っ!斜めに切るよう走り、頻繁に方向を変える。かなりイラついた思い出を武器に切り抜けようと試みる。小学生を思い出して出た必死の方策だ。
狩人には通用しない。
なんで!?なんで!?鳥生に生まれて、このカラスの天敵となる動物を見ることはなかった。カラスにとっての楽園じゃなかったのか?
なんで今なんだよ!
ひっくり返った幸運を呪いながら、背中に死を感じる。
一度"死"を体験した俺だが、死ぬのは嫌だ。
怖いんじゃない、嫌なのだ。
違いますよ、俺は暴君末っ子じゃないです。長男の俺です。
喰い殺される時の激痛とかは怖い。翼を噛みちぎられじわじわ殺されるなんてのも怖い。けど、死ぬのは嫌。三度目の人生があってもなくてもそこは変わんない。
死に際も二回目。黄泉の冷気の当てられたのか頭は冷静。
つまんない人生で死ぬのは嫌!それだけ!前の人生よりよこれじゃつまんない!
魔法という餌をぶら下げてこんな仕打ちはないでしょ!
オオカミさんは射程圏内に入ったカラスに狙いをつけて、跳びかかる俺はそれを見て、翼を大きく広げながらの必死の前進。
なんとかその白爪を逃れる。オオカミさんの勢いがなくなり、俺との差は今度は広がる。
ちょ、死ぬかと思った。後ろから風を感じたわ。
はぁ、はぁ、走るのキッツ!もう無理っ!体力が貧弱すぎる!
それも何にも思いつかないんだけど!
"カアァーーー!!!(ママーーー!!!)"
足の限界突破の叫び、助けを乞う叫び、やけくその叫び、ただの悲鳴。
"ハァ、ハァ、ハァ"
オオカミの息遣いだけしか聞こえない。
うるさい!気持ち悪いわ!