ここにいたい!!
みんな何をしても無駄だと分かっているから何もしない。組合長と親鳥の動向を見守るだけ。
きっと精神感応で話しているはず、賢者であるのなら。
一切の兆候なく組合長の首が飛んでもおかしくない。親鳥からしたら、捕まえてたとも、殺そうとしてたともとれる状況。
ツンツン、硬いもので肩を突かれる感触。
鋭敏化していた私は咄嗟に身を引いた。
突いたのは雛だった。距離を取ったせいか、少し嘴が下がっている。
ここで雛に騒がれるのはまずい。無理に口角を上げて笑顔を作って笑いかけてあげる。
雛は嘴を開閉させる。しばらくしたら羽も広げて何かをアピール。陽気な烏なの?それともちょっとしたおバカさん?
あっ、と私は急いで精神感応を繋ぎだした。
まだ依頼は失敗したわけじゃない。今、成功の芽は芽吹いているじゃない。
"-えてる、返事して!お願いだから!"
繋いだ途端流れてくる雛の意思。さっきからずっと私と話したかったんだ。精神感応も知らないなんて思わないでしょ。けど、これで勝ち目は見えた!
"どうしたの?"
"-俺!家出してきたの!もう親とは会わなくていいんだけど!"
-家出ッ。雛は繋がった瞬間体の動きがうるさくなりつつも、必死に伝えてくれた。
だからこんな所に雛が来たのね!そりゃ、賢者にとっても予想外だわ。
賢者が家出ではなく、攫ったと勘違いされたら最悪。運が悪かったで済まないわよ!
"じゃあ、説得しないと。悪い人間じゃないよ、って。私が精神感応繋いであげるから"
これで人間に攫われた線は消える。それで万事解決。その後はどうぞ勝手にどっか行ってもらいましょう。
"ちょっと待って!。心の準備が"
"早い方がいいんじゃない?ずるずる引きずってもよくないよ!"
ずべこべ言ってられないの。死刑場で文句言ったって意味ないでしょ。いつ組合長どころか、ここにいる冒険者の首が飛ぶか分かんないだから。
"ほら、繋げるからね"
"まっ-"
賢者に精神感応を繋ぐ。
すぐさま賢者は術者の私に目を向けた。特大な黒蛋白石の視線と入ってくるのは煮えたぎるのような怒り。
首元に無機質な冷たい刃が当てられたよう。体が少し跳ねた。
けど、頑張るのは私じゃない。雛の大きな背中をゆっくり擦る。雛でもふんわりと跳ね返るほどの羽毛が蓄えられている。
"俺、ここにいたいっ!!"
雛の心からの叫びが私と賢者に響き渡った。
え!?ここにいるつもりなの!?さっき家出って!なんでこんな所に滞まるのよ!?
雛のいる横を向くともう姿はない。後ろにその体を縮めるように走っていく。まるで親から怒られたくなくて、逃げる子供のよう。
説明しようっ!
名もなきカラス:家出した!怒られたくない、ぴえん。助けて。(情けないガチ本音)
スファン:悪い人じゃないって説得しよう!(攫いの誤解を解く。後は勝手にどっか行け)
名もなきカラス:ここに居ても安心と、親に説得しろということですね!了解しました!!
『ここにいたい』、ここに見・参!!
名もなきカラス:言っちゃった・・・。怒られたくない、怖い。無理、漏らす。逃亡(無様すぎ)
スファン:はあぁ!?(意味わからん!絞めるぞッ!)
ことの顛末はこういうことだ。
ブチッ!
精神感応が強制解除された時の音だ。けれど、私には賢者がブチ切れた音にしか聞こえない。
賢者を中心にして同心円状に風が起きて、植物が一瞬倒れる。冷たい風が私たち、冒険者を包む。
魔力の元は、気力。子供も知ってる魔法の原則。
強大な魔法使いは感情がそのまま魔法に成る、という。
一か、バツか。
てか、なんで逃げてるのよ。体がでかい分もうそこそこ距離が離れている。
賢者は沈黙を貫き続ける。
ゆっくりと大木のような鉤爪を上げる。感じたことにない程の強大な魔力が渦巻くのを肌に感じる。
はぁ、一息つく。体から力を抜く。もう私にできることはない。
大いなる羽根を開く。全てを消し去る酷く綺麗な黒色。
賢者がその威容を知らしめようと大地に鉤爪を叩きつける。
ダンッ!耳を劈くような轟音が響いた。
町の周りの木に刻み込まれる、十字の切り傷。
これは・・・森の賢者の縄張りの証。魔者は縄張りの主を理解し立ち去り、魔獣は込められた魔力を恐れ遠ざかる。
"息子よ。こんなにも早く言うことになるとは。我らの一族の祈りでもあり、呪いだ。幸たらん、旅路を"
私たちにはもう届かない遥か上空。
声音は酷く愛に満ちていた。
私は雛を追いかけた。これからはこの町のみんなが仲間となる。
迎えに行かなくては。歓迎しなければ。新たな仲間を。
野垂れ死んだら、今度こそ私たちの首が散るから!木っ端微塵の塵芥に成りたくないのよ!!
それこそ、死ぬ気で追いかけた。