森の賢者
::::::
頭に強制的に叩きこまれた"憤怒"。これ以上の気付け薬は他にないでしょうね。
ふざけんなっ、森の賢者の雛?
なんで精神感応が使えるのが私しかいないのよ。この田舎め。
気休めにもなりはしない防具だけ身に着けて部屋を出る。
その後に来た容赦なしに私の家のドアを叩く職員。大声で非常事態を叫び、私を呼び出すのになりふり構っていない。
私は邪魔な職員を押しのけ、外に走り出す。
支流が合流するように並走してくる蜻蛉に跳び乗る。
私の三倍の体長はある乗せてもビクともしない蜻蛉。私の従魔で最高の相棒。
蜻蛉の背中をトントンと叩けば、二対対称の翅は加速する。
寝起きとはかけ離れた心拍数。蜻蛉の手綱を握るだけでうねりと速度が伝わってくる。
この足を反転させて逃げた方がいいのかもしれない。明らかに異常だ。森の向こうでは土地神とさえ恐れられた魔者の雛。
・・・雛、雛か。
トントン。私はもう一度蜻蛉の背を叩いた。
「おい!おい!止めれ!」
私の乗っている蜻蛉は魔者の一種。人と同等かそれ以上の知性を持つ生き物の名称。
古来、人はあらゆる面で弱かった。知能も身体能力も魔法のの技量も何もかも。
故に上位種からの搾取の対象であった。そのことから捕食者側を悪魔や悪しき者の意味をもつ魔を名付け、警戒していた、らしい。
蜻蛉は私を止めた男の人語を理解しその場に止まった。
「ここからは徒歩だ。流石に雛に見つかっちまう」
大剣を提げた毛むくじゃらな男。
私は蜻蛉の頬を撫でて、呼び止めた男の後をついていった。地面に止まった蜻蛉は最後のギチギチと歯を鳴らした。
「組合長!連れてきましたよ!魔物使い《テイマー》ですよ!」
ここの冒険者支部の組合長のセンシが待っていた。トレードマークの片眼鏡を掛けて。
「ご苦労様です。では、魔物や人の警戒に戻ってください。くれぐれも雛を刺激しないように」
「承知しゃしった!」
「喧しくてすみませんね。けれど、死を前にして暗くなるよりはいいでしょう?」
組合長でもその認識とは。私より強く、経験もある組合長でもか。頼まれる依頼を断って逃げるのはまだ間に合うかな。
「いえ、喧しいなんて思ってませんよ。こっちが元気づけられます!」
「スファンさん。お呼びしてすぐですが、森の賢者の雛と精神感応を繋いで欲しいのです。そして、要求があれば聞き保護をしたいのです。雛が私たちを味方だと感じるように」
早速問題に。予想通り依頼。
「飛ぶのをやめて歩いているそうです。それもかなりの千鳥足。衰弱してる可能性が高いと」
けど、違和感がある。依頼じゃない。
組合長が焦ってる?時間がないの?
依頼へ向かう時の雰囲気が大事だ。適度な緊張感と軽いリラックス。この狭い町だから組合長の性格はよく知っている。いつもなら軽い雑談でもするのに。
「要求のためなら近くいる冒険者を使ってもらって構いません」
後ろから組合長を見ても、耳から繋がる片眼鏡のチェーンと横顔しか見えない。何の表情も考えも分からない。私と話しながら自分の手を土台してに羽ペンが忙しなく動いている。
「私より階級が高くても?」
「もちろん、遠慮などいりません。ボロ雑巾にしてやってください。頼みましたよ。魔物使い《テイマー》スファン」
堅実で真面目。だけどこういうお茶目な所があるから、組合長は信頼されてる。
私は魔物使い《テイマー》だ。武器は精神感応
精神感応は"意思"を伝える魔法。言葉が喋れなくても種が違おうとも効力は発揮される。
頭の考えがだだ漏れになるわけではなく。"伝えたい"という意思もないと相手には伝わらない。
森の賢者のように"憤怒"という意思も伝えることができる。 あそこまでのだともう違う魔法と言いたい所。
そして、魔物の情報。
森の賢者は目撃されるのでさえ数年に一度。賢者の名の通り、高い知性と高度な魔法の技能でこの森林でもトップ層の捕食者。強さ自体も折り紙付きで、森の向こうでは土地神として崇めらてる所もある。生態系はまったくの不明。
この時点で終わっる。それに加えて、雛。難易度がまた跳ね上がる。
無理難題のレベルだ。
引き返すにはもう遅い!
私と同じくらいの大きさの烏。
目線だって・・・ほら、合った。
"こんにちわ。体は大丈夫?痛くない?"
精神感応を発動させ雛と私を繋ぐ。ゆっくり歩きだし語りかける。警戒されるのはできるだけ避けたい。
"や、やんのか?"
"何をやるの?私はあなたと仲良くなりたいだけなのに"
一枚一枚大きく艶のある流麗な羽。黒蛋白石を埋め込んだような瞑らな瞳。私に話しかれても動じないのは賢者の資質かしら。
"ここまで大変じゃなかった?"
"あのあなたって味方ですか?できれば、これ以上近づかないでもらっていいですか!"
どんな生物はだっていきなり精神感応を繋げられたら警戒する。ここからが勝負。どうやって警戒を解かせるか。
"貴様らかッ!"
何の確証もなかった。けれど、私たちはみな直感で空を見上げた。周囲の皆が漏れずに聞いたであろう、"憤怒"と"言葉"を皮切りに。
空に浮かぶ大きな黒。私の目の前にいるのを大きくすればぴったり嵌まる。
"我が息子に触れてみろ。一瞬で肉塊へ変えてやるッ!"
親鳥は急降下でこの地に舞い降りた。音もなく、一波の風もなく。何も起こらなかったかのよう。
酷く美しい魔法の技量。背筋が凍る。超自然的な力のようにも感じられる。
降り立ったのは組合長センシの前。誰がリーダーなのかも的確に見抜く。
種が違うのだと思い知らされる。
これのどこが賢者なの。
能のない下民どもを見下ろす姿は王そのものじゃない・・・。