94話 終り迎えしベトレイヤー part7
「レイジュウ? なんだそれ……」
聞いたことのない名称に、往人は思わず剣を振るう手も止めて怪訝な顔をする。
「異界人の貴方では知らないのも無理はないですね。霊獣とは人智を超えた大いなる力の化身、いえ力そのものと言ってもいいでしょう」
「その力とやらを人間に憑依させて何をしたいんだ?」
大いなる力を手に入れようとするのは理解できる。だが、わざわざ人間を使って実験をする必要があるのか、自身が最初から押さえれば済む話ではないのだろうか。
「言ったでしょう、人智を超えていると。だから、安全な運用ができるよう調整しなければならないんですよ」
「人間に扱えるなら、天族であるお前も使うことができると?」
「ええ、ですが難しいですね。あの娘にはそれなりの素養があるから使ってみましたが、それでもあの程度。安定運用にはもう少し時間がかかりそう……おっと、乱暴ですね」
最後まで言い終わらぬうちに、往人の剣が言葉を遮る。
「外道がっ!! そんなことの為にクロエにあんなことを!」
躱されつつも、そのまま剣に炎を纏わせ火炎弾として飛ばす往人。
ウートガルザはそれを手のひらに展開した防御魔法で防ぎつつ冷笑する。
「クフフ、所詮人間なんて僕らの下位種でしょうに、何を激昂しているんですか?」
放たれる火炎弾を全て片手の障壁で弾きながら、高速で眼前まで迫るウートガルザ。
「ああ、貴方も異界人とはいえ、下位種でしたね」
心底バカにしたような薄ら笑いを張りつけながら、往人の腹部目掛けて拳を振るう。
丸太が激突したような衝撃が往人を襲い、また膝をついてしまう。先ほどとは違い、胃の中の物を全て出しつくしていたので吐くことはなかったが。
「女神だけでなく、魔王とも霊衣憑依する貴方ならベヒーモスへのアプローチにも使えるかと思いましたが……そうするには少々危険ですからね、ここで殺すことにします」
「……それなら、なぜ今殺さなかった?」
ウートガルザの言葉が真実だとするのなら、おかしかった。今だけでない、さっきからずっと往人を殺すチャンスは存在していた。
そうだというのに、わざわざ腹を殴りつけ殺すことを宣言するなんて、言葉と行動が矛盾していた。
「うん? 決まっているでしょう。貴方を甚振りつくしてから殺すんですよ。上位種との憑依で得た力を自身の物と勘違いしている貴方を見ていると我慢がならないんでね。立場を弁えさせてから殺して差し上げます」
「そうか……」
ウートガルザの言葉を聞いて、往人の中で何かが急激に冷めていくのを感じていた。
結局のところ、目の前の男は自分が上にいると思いたいだけの小さなプライドにしがみつく小物だと思うと、それに怒っていた自身が情けなくすら思えてきた。
「お前、なんで霊獣だかを欲しているんだ? 人間よりも高次の存在だというのなら必要ないだろう?」
「霊獣の力を手中に収めれば、ロキに大きな顔をさせずに済みますからね。僕が自由に振舞うには必要な事なんですよ」
やはり、と往人は思う。
ウートガルザは誰かが自分よりも上にいるのが気にくわないのだ。だから、それを超えようと力を求める。それも、自身よりも弱い者を道具にしてその道筋を作る。
「こういう感情でも、魔導書はブーストをかけてくれるのかな?」
そう言う往人の胸に去来する感情、それは軽蔑だった。
もはや怒りはない、殺すと思うよりもただただ排除しなければならないという思いだった。
「お前みたいな三下じゃあ、何も手に入れることは出来ないさ」




