9話 勇者の魂は闇と煌めく Possession part4
『共同作業』。
そう言ったリリムスはダメージの残る往人の体を後ろから支えながら、残った左手を往人の左手に重ね合わせる。
「あ? わーったよ。とっとと終わらせるっつーの!!」
黒パーカーの少年の瞳が不気味に光り、腕の振りによる空気の歪みはその歪さを増大させていく。
「ソレはやらせるなってさ……!!」
空気の歪みが、まるで猛禽類のような形を成して手を繋ぎ合う往人とリリムスへと突っ込んでいく。
「させるかっ!!」
風の猛禽と赤熱化した剣がぶつかり合い激しい音を立てる。
「くっ……!! 本当ならこんな相手……」
思い切り踏ん張っているが剣は徐々に押されている。このままでは渦を巻く嘴に、アイリスの美しい顔が貫かれるのは時間の問題だった。
「……時間がないわ。いい? ワタシが言う呪文をダーリンも続けて」
いつものどこか間延びしたような声色が消えていた。それだけ本気なのだろう。
有無を言わせぬ真剣な表情のままリリムスは続けた。
「契約を結びし魂よ」
「……け、契約を結びし魂よ」
よく分からないままながらも往人は言われたとおりに後に続いた。
なんだか左手の紋章がジワリと熱を帯びたような気がする。
「互いが求める力への渇望を糧に」
「互いが求める力への渇望を糧に」
呪文を唱えるにつれて左手の熱は確かなものへと変わっていく。
「今!」
「今!」
左手の熱は、全身へと伝播していく。それは今までの自分が何もかも変わってしまうのではないかと思うほどに。
「大いなる闇と共に一つとなれ!!」
「大いなる闇と共に一つとなれ!!」
ドグン!! 往人の体が大きく跳ねる。内から湧き上がる燃えるような感覚と共に。
(成功ねぇ)
声がする。
だが、そこにいるはずの主の姿はなかった。
(ゴメンねぇ。説明はちょっとだけ待ってねぇ)
「うわっ……!?」
グン! と体が自分の意思とは関係なく動いた。
そのまま往人の体は手を空高く掲げると、何処からか黒地に赤のラインが走った杖を出現させていた。
「ふんっ!!」
杖を軽く振るうと巨大な火球が出現し、今にもアイリスの顔へと届きそうだった風の猛禽を一瞬で焼き尽くした。
「遅かったな」
「体がああだったしねぇ」
往人の口から発せられた言葉は、口調がリリムスの物だった。
(……何がどうなって)
(ちょっと体を借りたわぁ。これが契約を結んだ人間が受ける最大の利益)
往人の頭に声が響いた。
そう思った時、往人は自身の意思で体を動かせるようになっていた。
(魔族の魂を憑依させる『霊衣憑依』よぉ)
「ポゼッション……」
全身から力が溢れていた。
今までとはまるで違う、それでいて確かな実感となって現れる力。
体中を駆け巡る熱量。
「アイツを倒せる……!」
「はあ!! なに舐めたコト抜かしてんだテメェ! たった今ポゼッションしました、なんてヤツがオレをヤれるワケねーだろっ!!」
バカにされた。
そう感じたのかパーカーの少年が怒声と共に風の刃を放つ。それは螺旋を描き、刃からドリルとなって往人へと襲い掛かった。
パン、と乾いた破裂音が響いた。
それは風のドリルが爆ぜた音だった。
空気を歪に引き裂きながら突き進んでいた螺旋は、往人が握る杖の一振りでいとも簡単に爆ぜ消えてしまったのだ。
「は?」
パーカーの少年は何が起きたのか理解出来ていなかった。
そして理解が追いついた時には遅かった。
「……っ!? ぐわっ!?!?」
少年の体は大きく吹き飛ばされ固い地面の上を転がっていた。
「な、何が……?」
「オマエの負けだ。素直に情報を喋ればケガはさせない」
少年の眼前に杖が突き出された。一瞬のうちに必殺の一撃を繰り出せる杖が。
一方的だった。
いや、これが本来の『王の力』。
人間界において力を振るうには契約が必要――
それはこういうことだったのだ。
「さてと、まずは隠れている天族。姿を見せてもらおうか」
力なくうなだれる少年、ではなくそれに力を与えていた天族へと声をかけるアイリス。
「……ククク、やっぱりアンタらに霊衣憑依されちゃあ敵わないか」
少年の雰囲気が変わった。
先ほどの往人同様、天族が肉体の主導権を握ったようだ。
「貴様、誰の命で動いている?」
「…………」
天族は答えない。
「……異界人を何処で見つけた?」
「…………」
またも答えなかった。
「おい!!」
アイリスが天族の、正しくは天族が霊衣憑依している少年の胸ぐらを掴み上げる。
「ヒヒヒ、何か勘違いしてないか?」
天族が不気味に笑った。
「敵わないのはこのガキさ。オレは違う……!!」