81話 心染めしビースト part5
陽も傾き、日中の暑さもいくらか和らぐ夕暮れ、往人、アイリス、リリムスの三人は眠りから目覚め、活気を取り戻しつつある『コウヤミ』の町中を歩いていた。
「さっきまで眠り続けていたのに、呑気なものねぇ」
賑わいを見せる中で、そうリリムスが呟く。島にいるほぼすべての人が眠っていたというのに、大きな混乱もないのは確かに、少々呑気とも言えるだろうか。
「まぁ、変に騒がれてしまうよりもいくらかはマシだろう」
いつの間に買ったのか、串に刺された焼肉を頬張りながら言うアイリス。見ると、リリムスも甘そうな菓子を食べている。
「二人も、ウートガルザが動きを見せないからって気を抜いてないか?」
島が眠りから覚めて、四、五時間ほどが経過している。
その間、ウートガルザは一切の動きを見せていない。逃げたかとも思ったが、相変わらず島の周囲には干渉遮断障壁が展開されていて、行き来が制限されている。
元々、この島は富裕層向けのリゾート地ということもあり、人々の往来自体が多くはないため障壁も表面化していない。
しかし、潤沢に時間が残されているわけではない。定期的に来る連絡船のリミットもあるので、早くウートガルザの狙いを暴かなければならないのだが。
「そうは言ってもお腹は減るわぁ。ダーリンもどう? 結構イケるわよぉ」
「観光客用の船も、定期連絡船もあと三日は来ないそうだ。ここは体力の温存も考えた方がいいだろう」
そうは言うが、さっきから目につく店、片っ端から買っていってかれこれ三十分は食べまくっている。いくら食べ歩けるように量が少ないとはいえ、明らかに『体力の温存』の領分を超えている。
「これでいいのか……?」
クロエはというと、五分もしないうちに呆れてどこかへ消えてしまった。
――見ているこっちの胃がどうかなりそうだ。
別れ際の言葉は、なかなかに的を射ているなぁ、と二人の食べる姿を身ながら思う往人だった。
「別に、ただ食べているだけじゃないわよぉ?」
そんな往人の視線に、リリムスが聞いてもいないのに話し始めた。
「こうやって人の流れが存在する場所には必ず魔力も流れるの。たとえ人間の微弱な魔力でもねぇ。その流れの中に、ワタシはコレを置いているのよぉ」
そう言って懐から取り出したのは小さな藍色の玉だった。ビー玉よりもほんの少し大きいくらいで、見かけには普通の玉にしか見えなかった。
「これは?」
「魔力の塊、とでも言えばいいかしらねぇ。これを置くことで魔力の流れに、いわば異物を混ぜる事が出来るのよぉ」
「そうするとどうなるんだ?」
リリムスが路地裏の影に件の玉を転がしながら答える。
「島全体を覆うような魔法には、そこに流れる魔力を利用することが多いの。だからそこに異物を混ぜられると魔法の発動が難しくなるのよぉ」
それと、と言葉を切りアイリスの方へと視線を向ける。
「大規模魔法に隠れて何かをやろうとした場合は、私が仕掛けているコレが知らせてくれる」
そう言って指差したものは、壁に小さく書かれた謎の文字列だった。
「落書きか?」
「違う。これは近くで魔法が発動した場合に私に知らせるセンサーのようなものだ。個人の魔力で発動するタイプにはこれで対応する」
傍目には、ただ呑気に食べ歩いているように見えていても、流石は『天族』と『魔族』の長。それをカモフラージュに色々と細工をしていたのだ。
「おっ、あそこの出店の付近はまだ仕掛けていなかったな」
「ダーリン、あのお店のお菓子美味しそうよぉ」
「はは……どっちが本命だか」
感心するべきか、呆れるべきか迷いながら、夜の帳が降りそうな町の中を往人は歩いていった。




