77話 心染めしビースト
クロエが中年男の背後に周り、首筋へと針を刺す。
男は痛みでしばしもがいたが、急に大人しくなり虚ろな目をして、だらしなく開かれた口からは唾液も零れている。
「何を……?」
「針を刺した対象を、当人の意思とは関係なく操る魔道具だ。さて、貴様に問う。この大規模魔力障害を引き起こしたのは貴様か?」
クロエの質問に、男はゆっくりと首を横に振る。
「ならば、引き起こした者を知っているか?」
「ア、ガゥアア……」
僅かに抗うように身じろぎをしたが、小さな呻き声と共に首を縦に振る男。睡眠事件を引き起こしたのは恐らくはウートガルザだろう。この男を利用していたのもあの男である。
だが、クロエもそのことは知っているはずである。わざわざ聞く必要はないと往人は感じた。
「ふむ、やはり思考に制限がかかっているな。あまり核心を突いた事を聞くと脳細胞が破壊されそうだ……」
「どういうことだ?」
クロエの独り言を往人はアイリスへと聞く。
「うん? ああ、情報を敵に与えないようにする措置だろうな。操った者からああして情報を聞こうとすると、その者の脳細胞を破壊して聞き出せないようにするんだ」
あまり関心しないがな、と呟くアイリスの言葉を往人は聞いていなかった。まさか、戦いの道具に利用した挙句に、情報を引き出されそうになれば躊躇なく壊してしまう。
『魔族』も『天族』も変わらないやり方に絶句してしまっていた。
「ユキト? まぁ無理もないか。だが、早いうちに慣れておかないとこの先持たないぞ」
「慣れる!? 慣れるってなんだよ!」
アイリスの言葉に、往人は思わず声を荒げてしまう。結局は彼女も他の『天族』と同様なのか。人間は戦うための道具でしかないのか。
瞬間的に湧き上がった感情のまま、往人は叫ぶ。
「ふざけんな! 人間をなんだと思っているんだ! ゲームのコマじゃないんだ、普通に生活して生きているんだ。それを慣れるだと? そんなことが……!」
爆発した感情を抑えられず、思わず往人は走り出してしまう。そうしないと握りしめた拳をどうするか分からなかったからだ。
「ユキトッ!!」
「ワタシがいくわぁ! アナタたちはウートガルザの事を」
小さい島なので、ちょっと走れば見えてくるのは海岸だった。
ジリジリと灼ける陽射しに照らされていると、ますます自分の頭の中が纏まらなくなってくる。
「くそっ……なんなんだよ」
別に『天族』が人間を利用していたのは今回が初めてではない。
だというのに、心の奥底にこびりつく暗い感情がチクチクと痛みを訴えるのだ。ウートガルザを、『天族』を憎む気持ちがどんどん強くなる。
「くそっ、くそっ!!」
灼熱に焼けた砂浜を殴りつける。『天族』を憎む感情が膨れ上がり、あろうことかアイリスへもその感情を向けてしまいそうになる。それを消すために、何度も何度も砂浜を殴る。
「なんでだよ……なんで、こんな……」
血が滲む拳を誰かが優しく包む。
ふと顔を上げた先には、慈愛の表情を浮かべたリリムスがいた。
「あ……」
「大丈夫ぅ?」
一言呟いて、リリムスは自身の胸の中に往人を優しく抱きとめた。




