74話 偽り暴きしセイクリッド part5
鮮血が舞い、ウートガルザがその屈強な肉体を折る。
「くっ……流石は天界の長ですね。僕の負けです……」
敗者の首筋に剣が当てられる。冷たい瞳をしたアイリスが言った。
「勝敗などどうでもいい。貴様が人間界に来た目的を話してもらおうか」
喋らなければこの場で魂を滅する。握る手に込められた力は、それを真実だと告げていた。
「貴女の抹殺ですよ。天界すべてにその命令が下っています」
「ロキか」
「ええ。だから、貴女が手を出せないとふんで人間を使ったんですよ。まぁ、アテが外れましたが」
そう言いながら、ウートガルザは体をゆっくりと起こす。当然、そんなことをすれば首に当てられた剣が食い込んでいく。
「なっ……!?」
「クハハ! 僕が喋れるのはここまでですよ。敗者は大人しく退散するとしましょう。ですが、ついでです……!」
ゴトリ、鈍い音を立て首が転がり落ちる。だが、それでウートガルザが死ぬわけではない。受肉した肉体を捨て、ただ逃げるだけだった。もちろん、それ相応の痛みはあるが。
そして、肉体の軛から逃れたウートガルザは、地に転がる『聖剣レーヴァテイン』を奪おうと動いた。
「させるかっ!!」
咄嗟に往人の体が動く。
すんでの差で、『レーヴァテイン』を掴んだのはウートガルザだった。肉体を捨て不安定な状態であるが、剣一本運ぶくらいなら造作もない。
「残念でしたね。貴方とはいずれ決着をつけさせてもらいます。では……がっああ!?!?!?」
立ち去ろうとしたウートガルザは急に呻き声を上げ、せっかく手にした『レーヴァテイン』を取り落とす。
その手からは薄く白煙が立ち昇っていた。取り落とされた『聖剣』は、見ると鞘から抜かれていた。
「なんだと……!?」
「残念だったな」
そう言って、抜き身となった『レーヴァテイン』を拾い上げる往人。しかし、その手は灼熱に焼かれることはなかった。
「なぜだ……? なぜ貴方は……」
「魔族と一つになった人間には使えないみたいだな。だから炎も出さない」
そう。『聖剣レーヴァテイン』は『天界』の至宝。魔なる者を滅する剣。だから、『魔王』と『霊衣憑依』した今の往人にはその力を使うことはできない。
だが、往人はあくまでも人間。『魔王』の力を持つだけで、その本質は『人』である。だから、『レーヴァテイン』の炎にその身を焼かれることもないのである。
「ま、だからオレが持っていても単なる剣だけどな」
「つくづく頭にくる人ですね、貴方は……。ですが、ここは逃げの一手しかありません。いずれまた……」
そう言って、霧のように消えていくウートガルザ。後には、破壊の後だけが残っていた。
「ふぅ……逃げたか」
淡い薄紫の光と共に『霊衣憑依』を解く往人。その顔には玉のような汗が浮かんでいた。
リリムスの助力があったとはいえ、『魔導書』の力を相当に引き出したのである。むしろ、この程度で済んだのは驚嘆に値すると言える。
「ダーリンもムチャするわねぇ」
「はは……それでも俺の魔導書は使えなかったけどな」
先ほどの戦いで使ったのはリリムスの持つ『魔導書』だった。往人も自身が手にした『魔導書』を使おうとしたのだが、まったく反応しなかったのだ。
「魔の叡智に積極的に深入りするのは推奨できないな」
アイリスが忠告をする。弱体化した体で戦うのは酷なのか、その顔はひどく疲れていた。
「アイリス、大丈夫か? 随分な無理を……」
「これくらいなら問題ない。それよりもあまり時間もない、今の交戦記録をクロエに渡そう」
懐から取り出された時計が指し示すのは、残り時間があと三十分もない、ということだった。




