69話 疑り深きアサイアラント part5
「ちょっと待ちなさい……」
追撃を掛けようとしたクロエの肩を、リリムスが掴む。発した声色には怒りが滲んでいる。
「ダーリンに言うことがあるでしょう?」
「離せ。あの男が逃げる」
しかしリリムスは離さない。むしろクロエに振り切られないようにさらに力を込める。
「ダーリンに謝りなさいって言ってんのよ。アナタが迂闊なことしてたから、ダーリンがケガしたのよ」
「その男が弱いだけだ。あの程度の不意打ち、ワタシは分かってい……っ!?」
言い終わるよりも早く、クロエの可愛らしい顔へと拳が叩き込まれた。
それは、いよいよ我慢の限界を迎えたアイリスだった。
「だとしても! 君を助けようとしたユキトに対してその言い草はないだろう! 私たちを見張る為に同行していても、こちらの動きにはある程度合わせてくれないと困る!」
「……ならば、ここからは別行動だ。ワタシはあの男を追う。色々知っていそうだからな。貴様らは魔法の手掛かりでも調べていろ」
それだけ言うと、クロエは木の上へと跳び上がり、そのまま器用に枝から枝へと飛び移って見えなくなってしまった。
「なによぉ! ムカつく……」
リリムスが悔しそうに吐き捨てる。言葉に出しはしなかったが、アイリスも同様に苦々しい表情を浮かべていた。
「……ユキト、大丈夫か?」
「ん? ああ、これくらい平気さ。でも、あの男……」
顔のひっかき傷を軽くなぞりながら、往人は男の消えた方へと視線を送る。だが、それを強引にアイリスの方へと向かせられる。
「駄目だ。自分では平気だと思っていても治療はするんだ。菌でも入ったらどうする」
そう言って、取り出したハンカチで傷口を優しく拭うアイリス。血と土で汚れた傷跡が綺麗になっていく。
「それに、いきなり飛び出すのもよくない。あれでは怪我をしに行くようなものだ。状況判断をもっとするべきだな」
「悪い……」
「それだけじゃない。相手の上を取ったなら、迷っては駄目だ。殺せないにしても意識を奪うぐらいまではしないとだな……」
「ストップ! まだ素人のダーリンにそこまで言うのは酷でしょう?」
説教モードに入ったアイリスをリリムスが止める。このままでは延々と続きそうだったので助かった。
「まぁ、とにかくあまり無茶なことはしない、ということだ。君が傷ついてしまうのは忍びないからな」
「それには同意だわぁ。特に、あのクロエとかいうヤツの為にケガするなんて……」
まだ怒りが収まらないのか、クロエが消えていった方向を睨みつけるリリムス。
「まあまあ、いいじゃないか。これで別行動だし。聖剣を取れるんじゃないか?」
そう言って往人は、『聖剣』が祭られている社へと目を向ける。
そう言えば、あの男は『聖剣』には目もくれていなかった、と今になって思い出す。
ずっと往人だけを狙っていたように見えた。
「そうだな。それが目的なわけだしな」
往人の感じている疑問に気が付かずにアイリスは社の戸を開け、中の聖剣をゆっくりと取り出す。
ズシリとした感触がアイリスの両手に伝わる。それと同時に、ほんのりとした熱を手にした柄から感じていた。
「どう? 聖剣を手にした感じは?」
なんだかんだ言いながらもリリムスも伝承に伝わる『聖剣』が気になってはいる様だった。剣を手にしたままぼうっとしているアイリスに聞く。
「ああ、不思議な感じだ。私のエクスカリバーとも違う、惹きつけられるような力を感じる」
「ふぅん、本物ってコトかしらねぇ? ねぇ、抜いてみなさいよぉ」
促され、鞘から『聖剣』を抜くアイリス。やはり彼女もその全容を拝みたいのだった。
だが、結果から言うと、その行動は完全に失敗だった。




