60話 ひとつの終わり Next_Order
「ユキト? っ!? ユキトッ!!」
なかなか戻ってこない往人を心配したアイリスが、外へと様子を見に来たが、膝から崩れ落ち俯く往人を見つけて駆け寄る。
憔悴しきった顔の往人はアイリスの言葉にも虚ろな瞳を向けるばかりで、反応も鈍かった。
「一体何があったんだ? それにこの剣は……?」
「俺は……何もできなかった」
それだけ呟くと、ヨロヨロと頼りなく立ち上がり手で顔を覆う。今思い出しても、恐怖で全身の血流が逆流し、筋肉は痙攣を起こし、心臓を握り潰されそうなほどになる。
あの、何もかもを嘲笑うかのような鈍色の瞳。その色が脳裏にこびりついて離れなかった。
「大丈夫だ。ユキト、今は怖いことはない。大丈夫だから」
そう言って震える背中を優しくさすってくれるアイリス。
そんな優しさに、往人は自然に涙が零れるのを止められなかった。嬉しかったのか、安堵したのか、情けなかったのか。グチャグチャの感情が全身に伝播し、雫となって頬を伝う。そんな往人をアイリスは優しく抱きとめていた。
「……ごめん。俺……」
「いいんだ。君を護るのも契約者たる私の役目だ」
涙は心の洗濯だと、誰かに言われた覚えがある。確かにその通りだと往人は思った。ひとしきり泣いてようやく落ち着きを取り戻した往人だったが、猛烈に顔が熱くなるのを感じた。
人前であんなに泣くことなど、幼い子供でもないのになんとも気恥ずかしかった。それをアイリスが優しく受け入れてくれているのも、気恥ずかしさに拍車をかける。
「あっ! ちょっとぉ、アナタなにダーリンとそんなにくっついているのぉ? ダメよぉ、抜けがけはぁ」
リリムスが二人の様子を見て大きな声を出す。そのまま、二人の間に割って入り距離を取らせる。
「もう! 油断も隙もないわぁ」
そう言いながら、ちゃっかり往人の腕に手を回しているリリムス。そんな彼女にため息をつきながらアイリスは言った。
「まったく……マルバスはどうしたんだ? 一人にさせておいて……」
「心配ご無用。殺したわぁ」
今の今まで呑気な会話をしていた口から出てきた言葉とは思えなかった。間が空くどころか、相手の言葉を遮ってまで出てきた恐ろしい返事。何の捻りもないストレートな言葉。
殺した。
確かにマルバスは敵だった。往人だって、怒りに任せて『魔族』の魂を砕いたりもしている。それでも、往人には優しい笑顔を向けてくれるリリムスからそんな言葉を聞いてしまうと、心がギュッとなってしまう。
「そうか、ならいい」
アイリスもそれが普通というような態度でいる。何もおかしいことではないのだ。戦いの中に身を置くのだから『死』がそばにあるのは普通なのだ。それが敵であろうと、自分だろうと。
「そうだ、ユキト。聞きそびれたが、この剣はなんなんだ? なぜこんな物を……?」
先ほどの質問をもう一度聞くアイリス。リリムスも、アイリスの手へと視線を向けている。
ちょっとの間に、見知らぬ剣を持っていたのだから気になるのも当然ではある。
「貰ったんだ。俺をこの世界に連れてきた黒ワンピースの女に」
「貰ったぁ? この剣を?」
「抜いてみても?」
アイリスの言葉に頷く往人。それを合図に鞘から抜き放つアイリス。
透き通った青色の刀身が三人の前に現れる。その美しさからかリリムスは、へぇと小さく声を漏らす。
「珍しい造りだな」
アイリスも興味を持ったのか、しげしげと手にした剣を眺めている。
「それってぇ、魔鉱石でしょぉ?」
青い刀身を指差しながらリリムスは言った。
魔鉱石。
それは魔力を吸収して様々な現象を引き起こすレアメタルの総称である。その現象も加工段階で指向性を持たせることも可能な、一般的な鉱石でもある。
「ああ、でも刀剣として使われているのはあまり聞かないな。まぁ、わざわざ使っているんだから斬れ味の補正をかけてあるんだろう」
「普通よりも斬れる剣ってことか?」
往人の言葉に頷きながら剣を返すアイリス。
「魔力を込めればな。ま、それなりに特訓も必要ではあるが」
そうは言ったが、アイリスは剣を返した。それはすなわち往人が持っていても問題なしと判断したからだ。
珍しい物だが、人間でも魔鉱石を用いた武器を持つ者はいる。見たところ呪いの類いも感じられなかった。
「さてと、一応魔導書も押さえたしぃ、ワタシはこの街には用はなくなったんだけどぉ?」
当初の目的であった『魔導書』の確保。だいぶ形は変わったが、それは果たされた。となるとここを離れ、次の目的地へと行くのだが。
「まさか、魔界へ乗り込むんじゃあ……?」
「いいや、ここへ向かってもらう」
そう言ってアイリスは、一冊の古びた本を取り出した。
それは新たな戦いへのキップでもあった。




