59話 黒の少女 Nar part2
「……どういうつもりだ?」
往人は手渡された剣へと視線を落としながらナルへと聞いた。
サーベルのようにハンドガードがありながらも日本刀のような青紫色の柄巻きが施され、和と洋がない交ぜになった不思議な形だった。鞘を抜き放つと、刀身は透き通った青色で微かに湾曲していた。
「気に入ってもらえたかな?」
「俺の質問に答えろ!」
手の中の剣をナルへと向ける。仄かな月明かりに照らされた刀身は怪しく煌めき、ナルの首筋を狙う。
「フッ……言ったろ? 贈り物だって。ボクから神代クンへのお祝いの品さ」
「祝いだと?」
往人は怪訝な顔をする。別に、目の前の少女に祝われるようなことには、何も心当たりがない。だが、ナルが嘘を言っているようにも見えなかった。故に分からなかった。ナルが何を祝っているのかを。
「やだなぁ。分からないの? キミは手に入れたろ? 魔導書をさ」
ニコニコしながらナルが近づいてくる。あっと思った時には剣を取られ鞘へと戻されていた。
「魔法だけでなく、剣術もちゃんと覚えてもらいたいからね。コレを贈るのさ」
「なんで俺が魔導書を手にしたことを知っている?」
あの場にナルはいなかった。それなのに彼女はさも当然と言った顔で笑っている。魅力的ながらも、往人はその笑顔に言い知れぬ不安をも覚えた。
「なんでって、ニユギアにキミを呼んだのはボクだよ? その動向を把握しておくのは当たり前さ」
その言葉に、往人は全身を確認する。初めて出会ったときに何か発信機のようなものを付けられたのではないかと疑ったのだ。
「アッハハ! 違う、違う。そんなセコいマネしないよ。詳しくは言えないけどね、分かるんだよ。キミが何処にいて、何をしたかってね」
「えぇ……」
そっちの方が往人にとってはよほど恐ろしかった。そんなプライベートもクソもない監視のされ方なにがなんでもやめてもらいたかった。
「なんでそんな変態じみた真似を……」
「ヒドイ言い草だね。これでもキミを心配しているんだよ? むしろ感謝してほしいくらいだけど」
とんでもないことを言い始めた。まるで一方的に好意を押し付けてくるストーカーみたいな言動だった。
「はぁ……もういい。それよりも、俺をこの世界に連れ込んで、一体何が目的なんだ?」
「おやおや、それを聞いちゃう?」
ナルはわざとらしく頭を押さえ、おどけたような声を出す。
「わざわざ手の込んだマネをして連れてきたんだから、理由を言う気はないって分かってくれていたと思ったんだけど?」
「ふざけるな! 訳もわからずにこんな世界に連れてこられて、ハイそうですか、なんてなるか!」
往人の言葉に、しばし天を仰いで考えるナル。しばしの後、ハッとしたように顔をこちらへ向けてきた。
「分かった。だったらこうしよう。神代クンがボクに指一本でも触れたら、理由を教えてあげる」
「なんだと……?」
とても簡単な条件だった。だからこそナルには絶対の自信があるのだろう。往人では自分には決して触れることは出来ないと。
「どうする? ボクは無理にとは言わないけど」
「俺が負けた場合は?」
「う~ん、そうだなぁ。うん、キミの持つ、そのスマホをボクにちょうだいよ」
「これを?」
そう言って、往人はオーバーオールのポケットからスマホを取り出す。電波は圏外、ネットにも当然繋がらない。その上、充電を切れかかっている単なる板切れになんの価値を見出したのか。
「いいだろう。俺がナルに触れなかったら、これをくれてやる」
往人にとっても使い物にならないスマホに未練はない。
「オッケー。約束だからね」
そう言うと、ナルの瞳がギラリと光った。獲物を前にした肉食獣のような好戦的な瞳だった。
「こっちから一気にっ!!」
往人は持てる全てを込めて一気に駆け出す。相手に先に動かれれば勝ち目はないだろう。なんとしてでもこの一瞬で決めなければならない。
伸ばした往人の手が、ナルへと触れるその刹那、
グン!! と往人の体が地面に押し付けられた。まるで空から巨大な手のひらに圧し潰されているような、そんな圧迫感が往人を襲う。
「なぁ……っ!?」
「フフ、どうしたの? ボクは一歩も動いていないよ?」
クスクスと笑うナル。
往人は感じていた。この圧迫感は彼女の魔法、ではなく彼女の持つ威圧感だと。
指が触れそうになったあの瞬間、彼女は少しだけ往人を威圧したのだ。たったそれだけで、往人の体が先に恐怖で折れ、膝をついたのだ。
「ボクの勝ちだね。約束通り、コレは貰っていくよ」
そう言って動けない往人から、勝手にスマホを取り上げるナル。役に立たない板切れをどこか嬉しそうに見つめている。
「さてと、ボクはそろそろ行くよ。またどこかであったら遊んであげるからね」
そう言って霧のように消えていくナル。
往人の体が動くようになったのは、それからしばらくしてからだった。




