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56話 毒の王 Marbas part7

 ひどく暴力的な気分だった。そして同時に、恍惚にも似た高揚感に包まれていた。

 左拳を握りこみ、痛みに悶えるマルバスの頬へと思い切り叩き込む。ゴリゴリという骨の軋む音が往人ゆきとの耳に届く。

 「ふん」

 手に伝わる肉と骨の感触に、口の端を歪める。

 「く……貴様ぁ、よくもよくも」

 「お前は魔導書のあるじにふさわしくないんだとさ」

 「なに……?」

 「お前は魔導の叡智を支配しようとした。自らが欲望を満たすための道具にしようとした。そんな奴に魔導書は力を与えるはずがないだろう?」

 往人の左手が黒色に禍々しく煌めく。そのまま翳すと黒炎が燃え上がる。何の前触れもなかった。本当に急に火が上がったのだ。

 「魔導書の……」

 リリムスの声がボソッと漏れた。『魔導書』を所有するリリムスには、あの黒き炎には覚えがあった。実際に使えたわけではない。だが、『魔導書』にはそう言った秘法も存在するのだという知識は得ていた。

 「どうして、ダーリンが……」

 『魔王』である自身すらも会得していない魔導の深奥を、異界人とはいえなぜ往人が使っているのか理解はできなかった。

 


 「どうした、マルバス? 御自慢の毒はもうネタ切れか?」

 「人間風情が……!!」

 憎しみのこもった声を上げると、マルバスは千切れた自身の腕へと魔法を行使する。それは再生の毒。癒しの力を持った『益毒』。

 瞬く間に切断面から新たな腕を生やすマルバス。苦しそうに呻きながらも、転がった杖から古い腕を引き剥がし地面へと放る。

 「ははは、まるでマンガかアニメの世界だな」

 「訳の分からないことを!!」

 当然、この世界にはマンガもアニメも存在しない。だがそれでも、バカにされたと直感したマルバスは薄く笑う往人へ向けて毒針を放つ。本当は毒の魔法以外の方が意表はつけたかもしれないが、魔族としてのプライドがそれを許さなかった。

 「畳みかける!」

 もちろん、ただ毒針を撃つだけで終わるはずがなかった。身を翻した往人へ向け、追撃の毒蛇を生み出し襲わせる。

 「おっと、これは……!」

 牙が往人に届く瞬間、大蛇は黒炎に包まれる。翳された左手が大蛇を捉えたのだ。

 「それもっ!!」

 だが、マルバスにはここまでも想定内。炎にもがく大蛇を好きに暴れさせ往人の動きを制限する。いくら秘法を使いこなしていようと、その炎に自身が焼かれてはたまらないはずだ。つまり、自身の秘法が自分を閉じ込める檻となってしまったのだ。

 「そのまま焼かれるか、俺の毒で死ぬかだ!!」

 さらに『激毒』を放ち完全に退路を絶つマルバス。

 だが、

 「なら、これは?」

 黒炎が一際激しく燃え上がった。いや、正しくは黒炎自体に火が付いたのだ。その炎は降り注ぐ『激毒』すらも燃え上がらせた。

 「なんだと……!?」

 炎すらも灼く黒炎にマルバスは戦慄した。物理現象を完全に無視した事象に理解が追いつけなかった。

 いくら魔法とは言っても炎などの物体でないものを燃やすことは不可能なはず。それはすなわち、往人の使う黒炎は概念に干渉できる魔法だと言えた。

 「そ、そんな……」

 轟々と燃える炎の中をゆっくりと往人が歩いてきた。

 恐怖というものが形を成したらこうなるのではないだろうか。マルバスはそんなことを考えてしまうほどに戦意を喪失していた。

 「叡智は、次へ進もうとする者に力を貸すんだよ」


 往人の拳がマルバスの顎を捉え、高々とその体を打ち上げた。

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