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55話 毒の王 Marbas part6

 腹が灼けるように熱い。どす黒い槍から赤い液体が流れ出る。

 往人ゆきとは薄れゆく意識の中声を聞いた、気がした。

 

 ――手を伸ばせ

 

 その言葉が途切れそうになる意識を微かに繋いでくれている。

 「う……」

 ほとんど無意識のうちに手を伸ばしていた。何をしたいのか、伸ばした先に何があるのか分からないが、頭に響く声に従い手を伸ばす。

 

 ――掴め、掴め。叡智を求めるのなら力を掴め。


 それが正しいのか。間違っているのかも判断が付かない。それでも、今この瞬間を勝つには手を伸ばすしかなかった。

 往人は悲鳴を上げる体を無視して手を伸ばし掴んだ。

 

 それは暗き力。少しでも気を許せば何もかもを塗り潰されそうになるほどに黒い力。全てを否定し拒絶するような負の力を感じる。

 


 「バカなっ!?」

 黒き輝きが往人を包んでいくのを、マルバスは唖然と見ていた。黒き輝きの正体は、今の今まで自身が護ってきた物。全てを投げうってでも手にすると考えた物。

 『魔導書』だった。

 死に体の往人が必死で掴んだそれは、往人の体に吸収されるように消えていった。まるで、そうするのが当たり前だと言わんばかりに。

 「どうなっている……」

 マルバスは訳が分からなかった。ただの人間がなぜ『魔導書』を手にしたのか。いや、そもそも『魔導書』を吸収するなど聞いたことがない。

 「なにあれ……?」

 思わず視線を向けた先の『魔王』も同じだった。理解できない様子で、ただ呆然と消えていく『魔導書』を見つめていた。

 「アナタ、魔導書に何をしたのぉ?」

 「それはこっちが聞きたいくらいだ。貴様らが戦いの中で細工したんじゃないのか?」

 互いに理解の及ばない状況で牽制しあう。

 その時、往人の体から何かがはじき出されるように飛び出してきた。

 「うわっ!!」

 それは今まで往人と『霊衣憑依ポゼッション』をしていた女神アイリスだった。

 「ちょっと、なに分離しているのよぉ」

 「私の意思じゃない。勝手に弾かれたんだ」

 そう言って、アイリスは未だ、歪な槍に貫かれたままの往人を見上げる。黒き光はすでにだいぶ小さくなって、往人の左手へと収束していっている。



 「なんだかわからないが、勝手に魔導書を持っていかれるのは許さん!!」

 怒りの声と共にマルバスが杖を振るう。当然、その先の往人も振り回され投げ飛ばされる。

 そうなれば内蔵はズタズタに引き裂かれ、大量出血のショックと多臓器不全で即死する、はずだった。

 「ぐ……」

 「なんだと……!?」

 マルバスが凍り付いた。

 なんと、地面に転がった往人がもぞもぞと体を動かしたのだ。

 あり得ない。人間はおろか、魔族も天族もあれだけのダメージを負えば死ぬのが道理。指の一本すら動かすことが出来ずに絶命するはずなのだ。

 だというのに、目の前の子供はもぞもぞと体を動かし、あまつさえゆっくりと立ち上がってみせた。 

 「魔導書の力だとでもいうのか……」

 「ウソよ……」

 マルバスの疑問は、敵対するはずの人物から否定された。

 「魔導書にあんな力なんてないはず。そもそも、普通の人間であるダーリンがその力を使えるなんて……」

 だが目の前の光景は現実として起こっている。まだ焦点の定まり切っていない瞳でマルバスを見つめながら、往人はゆっくりと口を開く。

 「お前は……俺が倒す」

 「……貴様は一体何者なんだ」

 マルバスの胸中に去来していたのは敵意ではなく恐怖だった。目の前の人間が、簡単に殺せるはずの人間が、得体のしれないバケモノに思えてならなかった。

 知りたい、という欲求よりも殺さなければヤバい、という恐怖がまさっていた。

 「もう魔導書もなにも関係ない! 貴様は、貴様だけはここで殺す!!」

 マルバスは杖先に全力の魔力を込める。そこから放たれるは『激毒』。それも今までにないほど濃度を高めた一撃。

 「死ね! バケモノォオオ!!!!」

 

 カラン。


 乾いた音が、いやに大きく響いた。

 それは杖が地面に転がった音。放たれるはずの『激毒』は寸前で消え失せ、代わりにマルバスの腕が握られた杖ごと地面へと落下したのだ。

 「が……っがぁあああああああ!?!?!?!?!?」

 痛みと混乱で絶叫するマルバスを往人が冷たい瞳を向けてこう言った。


 「死ぬのはお前の方だ、マルバス」

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