38話 毒が護りし塔 The_Deadly sin part5
「情けない……とはいえ、単なる魔法人形ではこの程度が関の山か」
上半身を毒の鏃で穴だらけにされながらもアイリスは口を聞いた。そもそも、放たれた毒は石壁すらも融かすほどの激烈な毒。生身の体など一秒もその形を保っていられるはずはないのだが、それでもアイリスの呆れたような声は止むことはない。
「なんだと……っ!?」
驚愕で固まるマルバスは、それでも無理やりに体を動かしその手の携えた杖から毒の鏃を放つ。
訳の分からない事を喋る口を、嘲笑の色を向けてくるその瞳を貫くように、秒間二十五発の毒の光線を。
それでも、
「人肉を媒介に造られた自立型の人形か。魔族らしい悪趣味なモノだが、用があるのは貴様なんかじゃない。人形と遊んでいる時間は私にはないんだよ」
今にも崩れそうな肉体を揺らめかせながらアイリスはその場に立ち続けている。
「ありえない! 貴様の言っていることは前提からして間違っている! 我が輩の激毒は毒の頂点にも等しい。それを我が輩の、このマルバス以外の誰に行使できるというのだ!!」
「そんなの、本物のマルバスとやらに決まっているだろう? ふむ、ならば一つ質問をしようか? なぜ貴様はそうまでして毒の力を究めようと思ったんだ?」
「……愚問」
マルバスは杖先に激毒を滴らせる。
「我が毒は全てを支配する力。なればこそ、その毒がどこまで高みを目指せるかを知ろうとするのは必定。とりわけ我が輩は『制圧』に特化している。そこから突き詰めていくのが一番効率的だ」
『魔族』とは、なにも暴力が全てを決めるぜ! ヒャッハー! な種族ではない。その多くはどちらかと言えば学究の徒として邁進する者が占めている。
自身に宿る魔力、それから引き起こされる魔法という超常。それを解明し、より強き超常を得ようとする探求者の集団とも言える。
もちろんマルバスもその一人である。自身が扱う毒の魔法。その真理を、その頂を目指し突き進んできた。『制圧』という特殊な分野で非凡な才能を見せ、そこから引き出されていく新たな毒の可能性に誇りも感じていた。
「そうか。だったら、なぜ非効率的な『防衛』をしてまで魔導書なんて裏道に頼ろうとしているんだ?」
女神の言葉は全てを砕いていく。高き理想も、掴んだ栄光も、得られた誇りも。
「あ……あぁ」
「分からないんだな。マルバスがやっていることを。今までの全てを投げうってでも成し得ようとしていることを。所詮は記録をなぞっただけの人形だな」
そんなものは本当のマルバスではない、と。
揺らめくアイリスは勝ち誇ったように告げた。
「それに、その『激毒』。それは高みを目指す為の一つの手段だろ? だというのにそれ自体を誇るなんて、本当の魔族ではあり得ないな」
「ぅ……あ、」
否定も出来たかもしれない。普段どうりのマルバスだったなら。
だが、耳を傾けてしまった今、それは不可能だった。『女神』の、アイリスの言葉が自身の中の抜け落ちたピースを埋めるように響いてくる。
「もう一度言おう。私は貴様に割く時間はないんだ。できればこのまま失せてくれると助かるんだが?」
人形は耐えられなかった。
自分自身が人形だった事実、にではない。自身が編み出した、と思っていた『激毒』の力。それがただ本体から貸し与えられただけのもの。簡単に貸し出せる程度の魔法でしかなかった事に。
錯乱と激情の中、人形は杖を構える。自分を粉々にした憎き『女神』を完全に排除するために。
「もう気が付いてしまっているんだろう? 本物はこんなに弱いはずはない、と」
声は後ろから響いてきた。




