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36話 毒が護りし塔 The_Deadly sin part3

 「貴様は……」

 名は知らない。だが、顔を見たことはある。過去における戦争で幾度か『魔族』へと勝利を促したことがある男だった。とはいえ、人間に姿を似せているためか『魔族』としての、二足の獅子を思わせる威容の姿ではなかったが。

 「貴様、確か拠点制圧で強みを見せていなかったか? 防衛戦では姿を見たことはなかったと思うが」

 男が仕掛ける反撃の毒槍を、アイリスは左手に展開した障壁を盾のように使い弾いていく。

 「どちらとて同じこと。ここで貴様は死ぬ、それが真実だよ」

 傲慢。

 その言葉がピッタリと言った態度で男は自身の青白い髪をかき上げる。そのたびに香水の甘い匂いがアイリスの鼻孔を不快にくすぐっていく。

 男の名はマルバス。『魔界』における序列第五位の高位魔族。そう、先ほどリリムスと往人ゆきとによって倒された人形。それと同じ容姿の男が今、アイリスの目の前に立っていた。性格は慇懃無礼だった人形に比べると随分と不遜が目立つ。

 「なるほど、それで? 貴様は何をどうして私を殺すんだ? その毒の力、純粋な力比べでは不利に見えるが?」

 


 戦いの中で制圧戦というのは特殊な戦いに分類されるだろう。

 拠点を落とすというのはかなりの戦力、つまりは数が必要になる。それは個々人の力量以上に重要視される点である。

 だが、マルバスはその『数』という要素を個人で擁している存在であった。

 

 毒の魔法。

 

 水の魔法から派生させた、様々な効果を齎す液体を操るマルバス固有の魔法。

 水の力は『面』の力。それに強固な城壁をも溶かす強酸性、中の生物を殺し尽くす致死性あるいは操ってしまう幻覚性など、あらゆる毒性を有した液体で圧し潰す強大な魔法。

 しかし、強大が故に無視できない欠点も孕んでいた。

 毒性が強すぎるので仲間との連携がほとんど取れない事、『面』に特化した性能のため『点』の攻撃を苦手とする事、そして何より狭所では強みがほぼ死んでしまうところだろう。ちょうど、今マルバスが立っている場所のように。

 こういった場所で必要になるのは『点』の力。例えば、アイリスの超精密な斬撃やリリムスの放つ紫電の槍などである。



 「それが?」

 マルバスの不遜は一ミリも揺らがない。その表情には絶対の自信が浮かんでいる。能力の不利も何も気にしていないようだった。

 「言っただろう? ここで貴様が死ぬことには変わらないと」

 「……魔導書」

 ピクリと、マルバスの眉が動いた。アイリスの放った一言に、今までまったく揺らがなかった不遜がほんの僅かに動いたのだ。

 当然、それを見逃すアイリスではない。

 「ふん、たとえ相性が悪い相手であってもここは魔導書の力を有する聖域、貴様らに合わせれば伏魔殿と言い換えられるか? とにかく、貴様が何かをすることなく勝手に迎撃してくれるという訳か」

 そこで言葉を切り、アイリスは小さく笑う。

 「だが、何らかの理由で迎撃ができなくなったか? だからこうやってわざわざ出張って来たんだろう? なるほど、貴様の役目はさしずめこの塔の整備士、と言ったところか?」

 「貴様」

 「怒らせたか? だが、今の貴様に出来ることは迎撃体制の再調整だろ? 無関係な人間を利用することには頭に来るが、それを言っても仕方がない。貴様ではなく魔導書によるものだものな」

 「貴様!!」 



 マルバスの手の中に杖が呼び出される。鈍い金色で先に赤黒い珠を有する杖を。

 珠から毒々しい紫色の液体が滴る。マルバスの毒の力だ。

 毒はその量を増していき、杖先で凝固していく。

 (槍……?)

 その形を見てアイリスは眉をひそめる。無理やりに『点』に対応させた即席の獲物か、と内心で思った瞬間、

 「死ね」

 マルバスの左手がスッ、と上がる。蛇が鎌首をもたげるように毒槍の切っ先がアイリスの顔を睨み、

 「天の女神よ」

 

 それは限界まで引き絞られた矢のような速度で真っ直ぐにアイリスの眼球目掛けて襲い掛かってきた。

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