34話 毒が護りし塔 The_Deadly sin
往人とリリムスがマルバスもと戦っているのと同刻、アイリスは『秘法』を使う人間による足止めを喰っていた。
「むっ……攻撃が止んだ?」
だが、今まで矢継ぎ早に繰り出されていた閃光の砲撃が急に止まった。あの司書による攻撃を受け二人とはぐれた後、ワラワラと集まる人たちから『秘法』による攻撃を受けていたのだ。
アイリスは知るはずがなかったが、リリムスが操られた人間を救っていた。その影響で『魔導書』による精神のリンクが途切れ、『秘法』を使えなくなったのだった。
「どうやら罠の可能性もなさそうだな。これで合流も出来るか……」
思ったよりも時間を喰ってしまった。
正直、魔法の錬度も低いし数に物を言わせただけの戦術に負けることはなかったが、数が数である。流れ弾で殺しかねないし今は弱体化もしている。『天界』にいたときのように無尽蔵に魔法を使えるわけではない。それを考えると大きな行動に移れないかったのだが、攻撃がやんだのなら早急に二人と合流をしなければならない。
「さて、奴はなんと言っていたか……?」
精神のリンクを切断され気絶した人々の安全を確認した後、アイリスはリリムスがはぐれる直前に言っていた階数を思い出す。
『十六階、その広間の壁』。
そこがここから一番近い隠し通路への場所なのだろう。
今いる階が十三階。それほど離れてはいないがまた操られた人が襲ってこないとも限らない。
アイリスは急いで階段を昇り始めた。結界に覆われているのは変わらないため、相変わらずその足は重かったが。
(……二人は大丈夫なのだろうか?)
自分と比べて体力の無い二人を想い、上へと足を進めるアイリス。下手をすると疲労で動けなくなっているかもしれない。『魔王』の強さを考えれば戦いで負ける事はないだろうが、あの体力の無さは懸念事項である。
だが、その心配をしている二人のおかげで行動が出来るようになったとは、夢にも思っていないアイリスだった。
「敵とは言え今は同じ境遇だ。早く助けに行かなくてはな……」
生来の生真面目さと責任感から視野が狭まっているアイリス。『女神』の座を追われ、精神的に不安を抱えていたのもあったかもしれない。こういった時には『魔王』の、あの自由さを少しだけ羨むアイリスだった。
(だが、ああも色々と奔放なのは、ユキトにも悪影響か……?)
前言撤回、やはりあの『魔王』とは相容れないだろうと、羨むことも無いと思い直す。
「おっといかん、目的の階を過ぎていた」
考え事をしていたせいで十六階の表記を見逃していたアイリス。階段を下り、『十六階』と書かれた扉をくぐった。
そこには本は無く小休止などが出来るような広間になっていた。今は出払った人々が戻っていないのか人影もまばらだった。
「とはいえ、油断は出来ないか……」
敢えて人のすぐそばで独り言を言ってみるアイリス。やはり、まだ結界の効果は生きており認識はされないようだった。もちろん特定の行動、隠し通路を見つけるまでだろうが。
(さて、広間の壁と言ってもどこなんだ?)
あいにくとアイリス、というよりも『天族』は『魔導書』をそれほど重要視していない面があった。
『人間界』に在る、という情報は掴んでいたが両種族による条約、『戦争における人間界の扱い』により『魔族』も手を出さないだろうと、その所在を詳しく調べなかったのだ。
(……やはり条約に胡坐をかき、前例が無いからと行動をしなかったのを諫めるべきだったな)
往人がこの場にいたならば、元の世界の政治家とあまり変わらない、と感想を抱いただろう『天界』の考えを、アイリスは反省する。アイリスは『天族』の中ではかなり若い。実力はあっても若輩者と見られることも多かった。
自身の至らなさと、組織の脆弱性を自戒しながら隠された通路を探していたが、不意にそれは見つかった。
分厚いはずの壁、その壁の内側から魂に重くのしかかるような重圧を感じた。
「なるほど……これが目的の場所のようだ」
今までなんの反応もしていなかった人々の刺すような視線を背中に感じながら、アイリスは巨大な壁、その向こうにいるはずの二人を助けるためスラリと伸びた美しい指に魔力を込めた。




