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32話 太古の叡智は研鑽を望む The_Evil-Treatise part13

 「魔王の戦い? 面白いですね。だったら見せてもらいましょうか!」

 マルバスは大蛇を再び人々へと向けてけしかける。「護るのをやめる」、そう言ったリリムスの言葉が真実なのかを確かめる意味もあった。

 (リリムスッ!)

 「分かっているわぁ」

 だが、リリムスも理由もなく護ることをやめたわけではない。証拠に大蛇の噴き出した毒液を障壁で防ぐ。

 「ふん、見捨てるのはウソでしたか。そのにんげんに気を遣っているのですか?」

 「なぁんだ……そういうこと」

 リリムスはマルバスの言動に、何かを察したのか合点がいったように頷く。しかし同時にその声はつまらなそうでもあった。

 「何か? 今のあなたにそんな余裕があるとでもっ!!」

 大蛇は毒液滴る牙をリリムスへと向ける。それに重ねて魔導書による『秘法』も閃光の奔流となって襲い掛かる。

 「ハハハ! 護るべき人間の手で死になさい! 弱き魔王よ!」

 「哀れねぇ、アナタ」

 

 眼前に迫った大蛇を紫電の槍で突き刺す。床へと縫い付けられピクピクと不気味に蠢く大蛇。

 だが、それだけでは閃光の奔流に撃ち貫かれてしまう……はずだった。

 「なんだと!?」

 マルバスが驚きの声を上げるのも無理からぬこと。

 リリムスへと直撃する寸前だった閃光は直前で雲散霧消うんさんむしょうしていく。しかし、リリムスは何かをした様子はない。

 それは『秘法』を成立させるための呪文が途切れたことを意味する。

 「ありえない! わたくしの毒術が人間に破れるなど……!」

 その狼狽は致命的だった。戦いの中で大きな隙を晒す行為は命を捨てるのに等しい。大蛇の維持すらもまともに行えず、苦しむかのようにもがきながら大蛇は単なる粘液へとその形を崩していく。

 「ハッ……!? しまった!」

 「所詮、アナタではこの辺が限界なのよぉ」

 雷の矢がマルバスの杖を砕く。それをきっかけに、大蛇は完全にただの粘液となってしまった。もはや麻痺性の毒すら有さない、ただただ不快な臭いを放つだけの粘液に。



 「なぜだ、一体何をした……!!」

 「そんなの簡単だわぁ」

 凄まじい形相で睨みつけるマルバスにもリリムスは涼しい顔で言った。

 「あの人たちのなかの一人を操っただけよぉ」

 「なんだと……!?」

 知ってみれば簡単な話だった。マルバスの手駒とされていた人々は毒の魔法で精神を制御されていた。それを戦闘中に解呪することは流石の魔王でも容易ではない。

 だが、毒の魔法を上回る制御魔法で行動を操ることくらいなら今のリリムスでも労せず出来た。

 『秘法』を人間が使うには低い魔力の『質』を『量』で補う必要がある。さながら、並列コンピュータのように。しかし、たくさんつなげた処理能力の低いコンピュータで無理やり作った並列コンピュータには欠点がある。一つが処理を行えなくなると全てがエラーを吐き出してしまうのだ。

 ちょうど、今の『秘法』がリリムスの眼前で霧散していったように。

 「呪文は途中で途切れたらダメよぉ? 質を量で誤魔化すから隙ができるのよぉ」

 「くぅう……!」

 マルバスは悔しさからか、手が赤く滲むほどに拳を握りしめている。

 「でも、ホントならこんな結果にはならないはずだわぁ」

 「なに……?」

 次にリリムスの口から出た言葉は衝撃の一言だった。

 「アナタ、マルバスに造られた人形でしょう?」

 


 『人形』、そう呼ばれたマルバスは首をゆっくりと横に振りながら後ずさる。その言葉を認めないように。

 「違う、わたくしは人形などでは……」

 ありえなかった。この身に流れる毒の力は本物である。そしてこの力でいくつもの戦いにも勝利をしてきた。その記憶が自身には確かに存在していた。

 「おかしなことを言って動揺誘うつもりですか? 残念ですが……」

 「アナタの中に在るのは記憶じゃないわぁ、ただの記録よ」

 その言葉で、マルバスの中の何かが壊れた。思い出せなかったのだ。

『マルバス』が毒の力を使って戦った、という記憶は確かにある。だが、『自分』がその戦いでどういった行動をしたかが思い出せなかった。それはまるで歴史を記した書物をただなぞるかのようだった。

 「あ、ああ……マルバスはわタクシ……デハなイ……?」

 その事実に糸が切れたようにへたり込み、うわごとのように何事かを呟くだけになってしまったマルバス、その人形を憐憫の瞳でリリムスは見つめる。

 (あれじゃあ、あいつはもう……)

 「ええ、だから終わらせるわぁ」


 素人目にも、もう戦えないことは分かっていた。だからリリムスはせめて苦しみが無いように極大の一撃で、哀れな人形(マルバス)を完全に消滅させた。

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