28話 太古の叡智は研鑽を望む The_Evil-Treatise part9
「なんでそんなこと分かるんだよ? 敵同士だったんだろう?」
あまりに素っ気ないリリムスの言葉に、往人は足を止める。
もしもその答えが納得できないものだったら、何をしてでもアイリスを助けに行かなくてはならない。
「敵だからよぉ」
「あ……」
だがそんな心配は完全に杞憂だった。
「敵として、あの女とどれだけ戦ったか分からないわぁ。だからこそ彼女の強さは理解しているつもりよぉ」
そう、リリムスは『魔王』として『女神』であるアイリスと、命を奪い合う戦いすらも経験している。どのくらいの相手となら問題なく突破できるか、それは味方である『天族』以上に理解しているのだ。
それが、今の弱体化を強いられている状況であろうとも。
「あの程度のヤツなら自力で乗り切れるわぁ。だから先へ進んでも大丈夫って訳ぇ」
そう言ったリリムスは指先に魔法で光を灯し階段を下っていこうとする。心配していない、と言っている割には光に照らされているその顔は浮かない表情が張り付いていた。
「やっぱり少しは心配なのか?」
「ん? ううん、そうじゃないの。あの司書の女が使った魔法……あれは恐らく魔導書によるもの」
威力は低いけど、と付け加えながらリリムスは考えている。
それが事実とするならおかしかった。『魔導書』のよる魔法は異界人でもなければ人間には扱えない代物のはず。だが、あの司書はどう見ても異界人とは思えなかった。もちろん、その可能性がゼロという訳ではない。とはいえ、異世界からやって来たのが人生の折り返しも過ぎたおばさんでは、やは『違う』だろう。
「じゃあ、あれは魔族だって……?」
「ないわね。それならワタシも彼女も気が付くものぉ。アレは間違いなく普通の人間。だから不思議なのよねぇ」
確かに、『魔族』だったなら単なる砲台として置いておくよりも普通に戦わせた方が圧倒的に役立つだろう。それは先の戦いでも十分すぎるほどに分かっている。侵入者に反応するトラップとして使うには非効率なのだ。
階段をゆっくり下りながら二人は考えているがその答えは一向に出ない。ふと顔をあげると数メートル先に小さな光が漏れているのが見えた。
「あれは……?」
往人は足を止めその光を観察する。どうやら扉があり、その隙間から光が僅かに漏れているようだった。
「そうか、この塔は層になっているのか……」
「というよりも、先にあった塔にもう一つ塔を重ねたって感じねぇ」
まるでマトリョーシカのように塔に重ねるように一回り大きい塔を重ねて建造する。今いる階段はちょうどその間、という訳だ。あまりにスケールのデカい話に往人は圧倒される。
「こっちが本当の塔って事か?」
「でしょうねぇ。魔導書を隠すためなのか、別の理由があるのかは知らないけどぉ」
リリムスは光が漏れている扉へと足を進め手をかける。そうっと少しだけ扉を開き中を覗き込む。
往人も僅かな隙間から一緒になって覗いてみる。
そこには大勢の人たちがいた。
「……なっ!?」
その異様な光景に往人は言葉を失う。
なぜなら、そこにいた人々は皆、一心不乱に何かを呟いていた。生気を感じさせない瞳を瞬きさせることなくただ一点を見つめながら口を動かし続けている。声量は小さく何を言っているのかまでは分からなかったが。
「……闇、覗きし大いなる輝きよ……ええと、邪悪に染まりし……」
リリムス何かを呟き始めた。よく見てみると、リリムスの視線は人々、それも唇を注視している。読唇術を試みているようだった。
「リリムス……?」
「うん、アレは魔導書の呪文を詠唱しているわねぇ」
なるほど、と一人納得しているリリムスに往人は聞く。
「なぁ、何が分かったんだよ?」
「さっきの司書、あの人間が魔導書の魔法を使えた理由。数で質を誤魔化していたのねぇ」
そこまで言われて往人にも理解できた。異界人でない者が『魔導書』の魔法を使えて訳。それはここにいる人々に一斉に呪文を詠唱させ魔力の不足を補っていたのだ。まるで、一つでは処理能力の低いパソコンを複数台つなげて大きな並列コンピュータにするように。
「でも所詮は付け焼刃。あれじゃあ、無理がでるはず……」
リリムスの言葉通り、確かに無理が生じていた。人々のなかには魔導書の負荷によるものなのか、鼻や口から血が流れている者が幾人か見える。それでも意に介さず呪文を詠唱し続けているのは戦慄すら覚える。
「早く助けないと……!」
往人が扉を開いて中へと入ろうとしたその時だった。
「その必要はありませんね」




