26話 太古の叡智は研鑽を望む The_Evil-Treatise part7
扉を抜け階段を昇る往人だが、その足取りは重かった。
今いるのが四階。目的の場所は十三階。まだ長い道のりに往人は辟易していた。
最初はこの狭く、重苦しい雰囲気の階段のせいだと思った。その次はあんな光景を見せられたせいだと思った。気が滅入り、いつもよりも疲れやすく感じているのは。
「はぁ……はぁ……、何かおかしい……?」
だが、それだけでは説明がつかないほどに往人は疲弊していた。一歩一歩が明らかに重く、鉛で押し固められたような感覚に襲われる。
ここはすでに敵の手の中。当然、侵入者への対策も講じてあるということだった。
「くっ……結界内の、人物への……重力魔法といった……ところ、かしらぁ……」
リリムスも疲労困憊といった感じで階段をゆっくりと昇っていく。どうやらあまり体力には自信がないようだ。
なんだかこの数分でかなり年を取ったようにも感じる。
「結界を破壊出来ればいいんだが……」
反対にアイリスはそこまで疲労してはいないようだった。剣術を駆使するので鍛えられているということなのだろう。
「ダメよぉ……重力魔法が、拡散してヘタすれば……この塔が崩落する、危険性も……あるわぁ」
この重さは何とかしたい往人だったが、流石にその手は取れない。大勢の死者が出るし、自身もグチャグチャのミンチになってしまう。
(うっ……少し想像してしまった……)
疲れで弱っているところに、不穏な想像をしたせいで余計に足が重くなり、往人は心が折れそうになってしまう。
何か、少しでも気が紛れることはないかと、往人は頭を巡らせる。
とはいえ、そんな簡単にあれば苦労はしないが――それはあった。
「そうだ、なぁリリムス。この指輪、なにも教わっていないのに魔法が使えたんだけどそういう機能もあるのか?」
自身の左手に嵌められた指輪。リリムスが自衛のためとくれた物である。先の町でバルドルの襲撃を受けた際、紫色のレーザーのような魔法を自動で発動しバルドルの腕を切り裂いた。
「あぁ、そうだったわねぇ」
リリムスは思い返すように、往人の左手の指輪を見つめる。
「うぅん、その指輪にそんな機能はないはずなんだけど……」
リリムスも多少は気が紛れているのか、先ほどよりも言葉の淀みがなくなっている。
「その指輪は単に、ワタシの魔力をダーリンにも使えるようにする媒介でしかないのよぉ。だからあの魔法はダーリンの魔法ってことになるんだけど……」
それはおかしい。往人には魔法を使うことができない。たとえ『魔王』の魔力を利用できたとしても、そもそも呪文を知らないのだ。
車に乗っていても、エンジンの掛け方を知らなければ走らないのと同じ、『知識』の問題なのだ。
「じゃあ、あれは一体……」
実は、往人が魔法の超天才でどんな魔法も思いのまま! だったら話は早いが、現実はそんなことはない。もしそうなら、今こんなに疲れていることなどありえないからだ。
「あの魔法、あれは魔導書の魔法じゃないのか?」
今まで黙っていたアイリスも会話に参加してくる。鍛えているとはいえ確実に降りかかる疲労に、やはり気を紛らわそうと思ったのか。
「そこも不思議なのよねぇ」
リリムスも、あの魔法が『魔導書』のものだと否定はしなかった。
「あのとき魔導書の中身はダーリンには見せていないのよねぇ。それに異界人とはいえ、いきなりであれだけの威力なのも説明がつかないしぃ」
「でも、魔導書の魔法は国と戦えるんだろう? とてもあれだけじゃあ……」
リリムスたちの会話に往人は反論をする。
たしかにあの魔法は、バルドルの腕を簡単に切り落として見せた。だが、あれだけで戦争が出来るかと言えばノーだった。
「いや、本来の威力ならあいつの腕だけでは済まないさ。あの町一つ飲み込んでもお釣りがくる」
その答えに往人はゾッとした。もしかしたら、あの時自分はあの町を壊滅させていたかもしれなかったのだ。
「大丈夫よぉ、ダーリン。魔導書の魔法は異界人以外の人間には扱えないし、異界人でも完全な威力を行使するには魔族との霊衣憑依が必要不可欠だものぉ」
安心させようと言ってくれているのだろうが、それは往人ならいずれは最大威力で魔法を使える、ということを意味していた。異界人であり、『魔王』と契約を結んでいる往人なら。
気を紛らわそうとしたが、藪蛇だったと指輪を睨みつけた往人だったが、その重い足は目の前のアイリスにぶつかって止まった。
「あっ、ゴメン……」
「いや、どうやらここが目的の階のようだ」
話している間にいつの間にか着いていたのか、アイリスが示した階数表示には『十三階』と記されてあった。




