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197話 勇者の歩く先 Irregular_Machine

 「う……」

 往人(ゆきと)は体を揺さぶられる感かくで、目を開く。全身が鉛になったかのような錯覚に陥り重たくて仕方がない。

 閉じた瞳を開くだけでも大仕事だった。

 「ダーリン? ダーリンッ!!」

 往人の瞳が光を認識するよりも早く、何かがその全身を強い力で抱きしめてくる。それはとても肉感的で柔らかく、力強いのに優しさに満ち溢れた抱擁だった。

 往人のことをダーリン、と呼び薄紫色の瞳から大粒の涙を流す、長い銀髪を持った美女は『魔界』に君臨する『魔王リリムス』だった。

 「ダーリン、急に意識を失って眠っていたのよぉ? 心配したんだからぁ……」

 「そうか、俺は……」

 気怠さを堪えながら開いた瞳で辺りを見回す。そこは往人にとっては『異世界』。魔法が当たり前に存在し、人間以外の種族もいる『ニユギア』。

 往人は再び、この『異世界』に足を踏み入れていた。

 「あのナルとか言うもすぐにいなくなってな。何かおかしな魔法をかけられたんじゃないかと思っていたよ」

 そう。往人を再びこの世界(ニユギア)へと連れてきた、もっと言えば最初からもそうだった美少女、ナル。

 不思議な印象のあの少女の力によって往人は一時的に元の世界へと還っていたのだ。

 「ああ、大丈夫。もう平気だから……」

 往人はそう言って、心配そうに見つめるプラチナブロンドの髪を持った、こちらも絶世の美女にして『天界』の頂点に君臨する『女神アイリス』に少々弱々しく微笑む。

 現実世界に戻っていた間の戦闘のせいなのか非常に肉体的には疲労していた。

 「おにいちゃん、顔が真っ青だよ? 無理していない?」

 そう言って往人を気遣う、まだあどけなさを残す少女は往人たちが保護した『人造人間』のクリス。

 以前に訪れた国で『勇者』の存在を人工的に再現しようとして造られた内のプロトタイプ。

 「ああ、ちょっと疲れているだけさ。少し休めば問題ないよ」

 その『勇者』と目されている往人は、不安そうなクリスの頭を優しく撫でる。そして未だ離れようとはしないリリムスに言う。

 「いつまでくっついているんだ……もう平気だから」

 「ダメよぉ! これはワタシを心配させたバツよぉ。もうしばらくこうしていること」

 言われながら、往人は軽くなる体に気が付く。リリムスが回復魔法を使ってくれていた。疲労が消え、嫌な気怠さが抜けていくのが分かる。

 本当は抱きしめられる必要はないが、今回は仕方がないと受け入れる。



 「はぁ、まったく……ん? ユキト、そう言えば剣はどうしたんだ?」

 「え? ……ヤバい!?」

 アイリスにそう指摘され、往人は腰に手をやり、周囲を見回し顔をしかめる。

 忘れてきたのだ。

 現実世界の往人の部屋に。行動するのに邪魔だからと部屋の押し入れにしまいっ放しで『ニユギア』へと来てしまった。

 「はぁ~、マズいな……取りに戻ることも出来ないし」

 額を抑える往人。その様子に三人はまた往人の体調がすぐれないのかと不安になる。

 「ダーリン? もしかして回復魔法が効いてないのぉ? いけないわぁ、すぐに手を施さないと……」

 「リリムスおねえちゃん、ゆきとおにいちゃんを何とかしてあげて」

 「ユキト、大丈夫か? 無理はするなよ」

 慌てて首を横に振る往人。三人は不思議そうな顔で見つめる。

 「違うよ、違うんだ。剣を忘れて来たんだ」

 「忘れたって……気を失っていたのに、どこへ……?」

 アイリスに聞かれて、往人は事の顛末を三人へと聞かせる。

 現実世界へ戻り、『魔族』と戦い勝利し、またここへ来たことを。



 「そうだったのか……ありがとうな、ユキト」

 「え?」

 お礼を言われるとは思わなかったので、驚いてしまう往人。そんな往人にリリムスは抱きしめていた力を少し強める。

 「だってぇ、またニユギアへと来てくれてんでしょう? ダーリンの世界にそのままいることだって出来たかもしれないのに」

 「うんうん。それなのにおにいちゃんはこの世界のために戦ってくれるなんて、スゴイよ。やっぱり勇者だね」

 「実感ないけどな。一度言ったことだ。アイリスとリリムスを助ける、そしてクリスを護るってさ」

 そう。ナルの思惑に乗せられたわけじゃない。往人自身の意思で、三人のためにまた『ニユギア』へと来たのだ。

 


 「それはそれとして、剣はどうしよう……レーヴァテインを使ってもいいんだが」

 体も動くようになり、改めて往人は得物のの心配をする。

 武器としては『聖剣』たる『レーヴァテイン』もある。むしろより激化するであろうこれからの戦いを思えば、『レーヴァテイン』を使う方がいいのかもしれない。

 だが、往人が『ニユギア』での戦いについていくには『魔導書』の力を使わざるを得ない。

 『聖剣』と『魔導書』はそれぞれが相反するらしく自身に還ってくる反動が大きく、戦闘の役には立ちにくいのだ。

 「うーん……あの剣はちょうど良かったんだけどなぁ」

 「新しく(こしら)える?」

 「なんにしても、一旦はここを離れよう。魔導書も手には入れたしこの国にいる理由は無くなった」

 『魔導書』を優勝賞品にした『メロウ帝国』の闘技大会。それへの参加がこの国に来訪した理由。

 大きく波乱を呼んだし、寄り道もしたが一応目的は果たした。

 四人は、崩壊した会場から去ろうとした。

 「……貴様らのせいで」

 『メロウ帝国』の皇帝サンドロス=オルバンが恨みがましく、その様子を見てぼそりと呟く。

 「フン、勇者の力を造ろうとした挙句に魔導書までも利用したヤツに言われたくはないわぁ。単なる自業自得よぉ」

 リリムスはそう言って、睨むサンドロスを無視して歩く。もちろん、アイリスも。その後に往人とクリスも追うように続いた。

 

 「クソ……簡単に出られると思うなよ」

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