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196話 旅立ち Return_of_nwgia

 「くっ……はぁ、はぁ」

 グシオンを下した往人(ゆきと)。しかし、その手に負った傷は浅くはなかった。

 『聖剣』に無理やり流し込んだ漆黒の『気』。その反動によって負った火傷は相当に深手だった。

 肉が灼ける嫌な臭いが鼻を突く。

 落とした『レーヴァテイン』を拾い上げようにも指が動かない。

 「流石に、無理をしすぎたか……」

 痛みと疲労で膝をつく。

 

 ――パチパチパチパチ!!


 後ろから拍手が鳴り響く。当然、この状況でそんなふざけたことをするのは一人。

 「……ナル。悪いが貴様と遊んでいる余裕はない、とっとと佳奈を置いて失せろ」

 「……往人」

 驚いて振り返る。そこに立っていたのはナルともう一人いた。往人が最も大切に思っている者の一人、三島佳奈が立っていた。

 「佳奈……」

 「バカっ!!」

 涙声で叫んだ佳奈が膝をつく往人を抱きしめる。

 「バカバカバカ!! こんなボロボロになって、死んでたかもしれないのよ、バカっ!!」

 「バカバカ言うなよ……。でも無事で良かった」

 「うん、ありがとう……」

 言われて、往人も佳奈を抱きしめ返す。全身に走る痛みもこの温もりを取り戻せたのならばすべて受け入れられる。

 


 「お取込み中悪いけどね」

 水を差すように声が走る。ナルがニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 「神代クンにはまだやってもらうことがあるんだよ。だからここでキミとはお別れなのさ」

 「何を……往人はこんなにボロボロなのよ! これ以上何をさせようっていうの!?」

 往人を庇おうと立つ佳奈に、往人は手で制する。

 「いい、これは俺とアイツの問題だ。佳奈はもう帰っていろ」

 「そんなこと出来るわけないないじゃない!!」

 今まで聞いたことのないような大きな声だった。瞳には大粒の涙を浮かべ、往人の灼けた手を優しく握っている。

 「往人はこんなになっても私を助けようとしてくれた。魔法だとかなんだとかよくわからないけど、死ぬかもしれない状況でも私を見捨てなかった。そんな往人にまだ危ないことをさせようとしていて、それを放っておけるわけないでしょ!!」

 「佳奈……」

 「アハハ、涙ぐましい話だねぇ。だったら、こうすればいいのかな?」

 そう言うと、ナルは一瞬で往人へと距離を詰め手のひらを背中へと付ける。瞳が鈍く銀色に輝く。

 「なっ……!?」

 体を蝕む疲労が、痛みが、その一瞬で消え失せた。まるでぐっすりと眠った後みたいに全身が活力で満ち満ちている。

 「それならば大丈夫だよね」

 『拒絶』の力。それにより往人の負ったケガも、疲労も全てを拒絶し回復して見せた。

 クスクスと笑うナルに、それでも往人を連れていかせまいと佳奈は首を振る。

 「駄目よ! そんなことをしても危険なことに変わりはないわ。むしろ、そのおかしな力があるせいで余計に無茶をしそうだわ」

 「……佳奈。すまない、行かせてくれないか?」

 


 以外にも、佳奈の言葉を否定したのは往人だった。

 驚き、言葉を失う佳奈。まさか往人自身が危険なことへと身を投じていくとは思わなかったのだ。

 「なんで……?」

 「ごめん。でも、俺が決めたんだ。アイツに何を言われたわけでも強制されたわけでもない。俺自身が戦うって決めたんだ」

 「戦うって何よ!? そうまでして、往人に何があるの? 危険なことに首を突っ込んで、名誉でも欲しいの?」

 佳奈は往人の手を握ったまま叫ぶ。往人が彼女を想うように、佳奈だって往人を想っているのだ。

 足は震え、恐怖でいっぱいでも大切な幼なじみを危険に晒さぬように。

 しかし、往人にはそれが分かっていたからこそ握る手を解き優しく佳奈へと微笑みかける。

 「俺の助けを待っている人たちがいるんだ。俺でなくちゃいけない、どうしても助けたい人たちが」

 「いやよ……あんなボロボロの往人なんて見たくないわ。お願い、ここにいて」

 それでも往人は佳奈から離れる。往人が行くべき場所へともう一度行くために。

 「いや、いやよ! 往人……」

 「大丈夫だ、信じてくれ。きっと、帰る。無事な姿で、佳奈の元へ」

 「本当ね。約束を守らなかったらひどいわよ」

 強く頷いて、往人はナルを睨む。

 満足げに笑うナルの瞳が眩い金色に輝く。

 後には、佳奈だけがそこに残されていた。

 「往人……」


 

 真っ暗な空間、どこが上でどこが下かも分からないような異空間に往人とナルはいた。

 「泣かせるねぇ。まったく、美しい友情……いや愛情かな?」

 「黙れ。まさか現実世界に戻すなんて悪趣味なことを……」

 「おや。気が付いていたの?」

 そう。往人はずっと先ほどまでの世界はナルが創り出した、現実世界によく似た異世界だと考えていた。

 しかし、それにしてはあまりにリアル。何もかもが往人の記憶そのままだった。

 「確信したのはさっきさ。佳奈の涙が温かかった」

 「それだけで?」

 驚いたようにナルは眉を釣りあげるが、往人は笑って言った。

 「ああ、お前が創る人形が、あんなに温かな涙を流せるはずはないだろう?」

 「ふん、ご挨拶だねぇ」

 肯定も否定もせずにナルは肩を竦める。そうして、軽く笑って言った。

 「まぁいいけど。それよりもお待ちかねのニユギアはすぐだよ。頑張っておくれよ、ボクの為にさ?」

 往人は一歩踏み出しながら、ナルへと強く言い放つ。

 「ああ。でも、きっとお前は俺を選んだこと後悔するぜ」


 眩い光が往人の意識ごと飲み込んでいった。

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