195話 二つの魔法 Gusion part3
「下らん冗談をッ!!」
イラついたようにグシオンは吼え、鱗の翼を広げる。一瞬、ブルりと震えたそれは青白く帯電する雷を放つ。
翼一面から放たれた電撃は、もはやそれ自体が一本の巨大な柱にも見えた。
「効かないな」
しかし、往人はまるでそれが来るのが分かっていたかのように『レーヴァテイン』をすでに振っていた。
轟!! と激しく燃え盛る炎が雷の柱を斬り裂き、霧散させていく。
滅魔の力を有する凶炎の聖剣、『レーヴァテイン』。
その強大な火力の前にはグシオンの魔法すらも霞んで見える。
「魔法同時発動のカラクリ、それはお前の生成する鱗にあるんだろ?」
言い放つ往人に、グシオンは驚きと悔しさがない交ぜになった複雑な表情で睨みつける。
「お前が使っていた魔法自体は本当は一種類、鱗の生成魔法だけ。だけどその鱗に特定の動作をさせることで同時に魔法を使っているかのように見せかけていたんだ」
「チッ……」
一口に魔法と言っても、その発動までには一定のプロセスがある。
一つは魔力。
魔法発動には、自らに流れる魔力を用いなければならない。一応、世界に存在する魔力を利用する手もあるが微量であるため強力な魔法には利用できない。
もう一つは術式。
使いたい魔法を記した、云わば呪文である。
術式に魔力を流して初めて魔法として世界に出力されるのだ。
卓越した魔導の才を有する者ならば、そのプロセスをほんの一瞬で完了する。リリムスやアイリス、それに今まで往人が戦ってきた者たちがそれに該当するのだ。
もちろんグシオンも。
そして、もう一つ世界に魔法を出力する方法が存在する。
それは特定の動作を術式として機能させる、という方法である。
グシオンが取ったのはこの方法だった。
生成した鱗を一定のリズムで振動させることで数千万ボルトを誇る高圧電流を放つ魔法。特定のタイミングと威力で崩壊させ放つ火球。
さらに面積を大きく生成することで微量とされている世界に流れる魔力も多量に収集することが出来る。
それによって鱗の生成と他の魔法を発動することが出来たのだ。
「タネが割れればどうってことはない、つまらない魔法だな」
往人が言うように、グシオンの魔法には一つ、それでいて大きな弱点が存在した。
それは必ず同じ動作をしなければ魔法として機能しない、ということだった。
雷の魔法を使いたければ鱗を振るわせるしかない。タイミング等を多少変更しても、威力や規模の調整に留まるのみ。本質的な部分は替えが効かないのだ。
「鱗の動きを見ていれば、どんな魔法が来るか分かるんだよ。それにお前自身の魔力を使っていない以上、威力を大きく高めるにはどうしてもラグが存在するしな」
そう。往人が分からないながらも同時発動についていくことが出来たのはそこにあった。
鱗の表面積を大きくして魔力を多く収集出来ても、元々が少ないことに変わりはない。
自らも魔力を用いるよりも時間がかかるのは至極当然という訳である。
「なるほど。そこまで見破られているのならば、確かにオレには勝ち目がないな」
口ではそう言っているが、グシオンのその顔には凶暴な笑みが浮かんでいる。
「では、お前の理解が本当にそこまでのものか試すとしようかッ!!」
グシオンが鱗の翼を広げる。
さらに脚部に一際大きく生成しそれを強く踏みつける。
ドンッッ!! と音を置き去りするほどの速度がグシオンの体を動かしていく。
「それでも!!」
往人は『レーヴァテイン』から炎を放出してカーテンのように広げる。
迂闊に突っ込めば全身を焼き焦がす凶炎の膜。
だがグシオンはそんなものは意にも介さず突き進む。
「それがどうしたッ!!」
広げた翼を前面に突き出し、逆立てる。
ゾワリ、と往人は背筋が凍るような感覚に襲われる。そしてそれが間違い出なかったことを理解することになる。
「まさかッ!?」
鱗の翼から周囲が凍り付いていく。逆立つ翼は氷の術式記号。
「だが、レーヴァテインの炎だ。そう簡単に……!!」
本来ならばそうである。滅魔の炎を宿す『レーヴァテイン』。氷ごとグシオンを焼き殺しても不思議ではない。
しかしそれは最上位の、さらにその上澄みの使い手が振るった際の話である。
往人も天才レベルの実力を有しているとはいえまだまだ発展途上。
その凶炎を完璧に操るには程遠い。
氷と化した翼は燃え落ちながらもグシオンをカーテンの向こう側まで運ぶ役目は果たして見せる。
「終わりだッ!!」
鋭く伸びた爪が往人の喉元を狙って伸びる。微細に振動し、その表面に電流も纏っている。
「だったらッ!!!」
往人は叫び、『レーヴァテイン』へと力を込める。それは禁忌の力。『魔導書』から迸る漆黒の『気』
「がぁあああ!!!!」
苦痛に悶えたのはグシオンではなく往人。『レーヴァテイン』へと流し込んだ『気』。その反動が灼熱となって往人の体を蝕んでいく。
しかしその代償に得た力は凄まじいものだった。
迫るグシオンの爪をいとも容易く、その腕ごと斬り裂く。噴き出す鮮血も灼熱を帯びる『気』によって真紅の蒸気となって周囲を漂う。
「はぁあああ!!!!」
驚きと激痛で怯んだグシオンへと往人は追撃の斬撃を振るう。
燃え盛る『気』が刃となってグシオンの胴体を真一文字に斬り裂く。
「そん……な」
それだけをボソッと零してグシオンはこと切れる。両断された肉体は、一瞬で炭化し自身が生成していた鱗同様に黒いチリとなって消えていった。
後には痛みで手放された『聖剣』が落ちる乾いた金属音が小さく響いた。