193話 二つの魔法 Gusion
葛西の肉体が、どんどんと黒い鱗に覆われていく。
まるでタキシードのように身を包み、その頭部は凶暴な犬にも見える。まさしく『魔族』。その第十一位のグシオン。
しぶとくも生き残り、ナルを追ってこの世界まで来ていたのだ。
「目的は復讐か? 正攻法で駄目なら人質を、ってところか」
「ソレをお前のような子供が知る必要はない」
グシオンは未だ増殖を続ける鱗から一つの形を作り出す。
それは剣。それも身の丈以上にも届こうかという巨大な両刃の大剣。筋骨隆々の体躯へと変じたグシオンは、それを片手で軽々と振り回す。
『レーヴァテイン』と激しく火花を散らし合い、対峙する往人に戦慄と驚愕を与える。
「くっ……なんて力だ」
ビリビリと『レーヴァテイン』を握る手に痺れが伝わる。凄まじい膂力により振るわれる一撃。
いかに『聖剣』を振るおうとも地の筋肉量が違い過ぎる。相手を斬る前に剣が弾かれてしまっては効果がない。
「だとしてもっ!!」
往人は足からブースター翼を吹かし、高速移動で一気にグシオンとの距離を詰める。
「このままっ!!」
『レーヴァテイン』へと炎を纏わせ、逆袈裟に斬り上げる。
「遅いんだよッ!!」
だが、その一撃は大剣により弾かれ返す刀で回し蹴りを喰らう。
魔法は一度に複数種類を発動はできない。
その制約により往人はグシオンへと接近したブースター翼から斬りかかるための炎剣へと魔法の切り替えを行った。
しかし、その速度はまだまだ遅いと言わざるを得ない。
いくら『序列十一位』といえども反応するのは容易だった。
往人の胴体ほどもあろうかという極太の脚部から放たれる蹴りは、往人の体を揺さぶり吹き飛ばす。
大型ダンプに撥ねられたんじゃないかと錯覚するほどの衝撃が往人を襲う。
だが、それで終わりではない。地を転がる往人へと追撃の斬撃が襲い掛かる。
「そらそらそら!!!!」
「クソッ……遊びやがって!」
わざと往人でも躱せる速度でグシオンは斬撃を放つ。嘲るように、罵るように、往人が無様に地を這うさまを楽しんでいる。
「舐めるなッ!!」
往人は叫んで迫る大剣を手のひらで受け止める。普通ならば、止めることなど叶わず両断されるのがオチ。
しかしそれどころか往人の手には血の一滴も見えない。
代わりに黒。
漆黒の禍々しい『気』が手のひらから溢れ出て、左腕全体を覆っている。
往人の持つ『魔導書の秘法』。その力の一旦により往人は大剣を受け止めたのだ。
「ふぅん!!」
握る大剣の刃に力を込めて、往人は思い切り自分の側へと引っ張る。
「ぬうッ!?」
まさか、人間がそこまでするとは思わなかったか、グシオンは一瞬バランスを失ってそのまま往人のいる方へと進んでしまう。
待つのは目の前に迫る『聖剣』の刃。
振るわれた『レーヴァテイン』がグシオンの首を刎ねようと不気味に輝く。
「うぉおおおお!!!!」
叫びに呼応して、ビキビキッ!!! とグシオンの全身を黒い鱗が覆いつくす。
『レーヴァテイン』の刃が、温めたバターでも切るかのようにその鱗を斬り裂いていく。
だが、その後にグシオンの姿はない。
鱗を囮に距離を取っていた。いつの間にか、往人の握る大剣も鱗へと戻りボロボロと崩壊していく。
「面倒な能力だな」
「どれだけ策を凝らそうと、貴様が攻略できる魔法ではない」
身を包むタキシードのような鎧も、敵を斬り裂く鋭利な大剣も、そのすべてが一つの魔法。
グシオンから生み出される黒い鱗から造られている。
「だから、こういった芸当も可能なんだよ」
ニヤリと笑ったグシオンが手を地へと付ける。
「ッ!? これは……!!」
一瞬で夥しい数の人形が出現し、往人へと迫る。
その手には三又槍が握られ、そのすべてが帯電し今にも電撃を放たんばかりである。
「バカなっ!?」
往人は咄嗟にブースター翼を展開してバイクまで飛ぶ。
その瞬間に放たれる大量の電撃。
しかし、その電撃はホイールから巻き起こる嵐によって飲み込まれ、人形をへと牙を剥いていく。
連鎖的に発生する凄まじい爆発。
その光の中でグシオンは笑っている。
「流石に防ぐか」
「なぜだ……?」
魔法は一度に一種類。
それはたとえ『魔王』や『女神』であろうとも例外ではない。
魂を疑似的に二つ有することのできる『霊衣憑依』だけが唯一の例外なのだ。
だが、目の前の『魔族』は魔法により人形を造り出し、その人形に電撃を放たせた。
「お前、どうやって二種類の魔法を……!?」
「だから、それをお前が知る必要はないんだよ」
グシオンは牙を覗かせ、鱗による翼を広げ電撃の雨を降らせた。