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192話 交錯する想い Distorted_Desire part6

 「よく分かったな」

 ゆっくりと、横たわっていた葛西の肉体が起き上がる。顔は青ざめ、目は落ちくぼみ、とてもまともな人間のそれとは思えなかった。

 「最初から違和感はあった」

 だが往人はそれに驚くこともなく、淡々と喋り続けた。

 「俺は最初、警察署からここへ連れてこられたのかと思っていた。親元へ警察から連絡がいっていなかったからな」

 そう。あの時、母親は往人が警察へと行ったものと思い込んでいた。だから、あんな変なタイミングで一度帰宅していても不審に思わなかったのだ。

 「だけど、警察署を調べた時誰も騒いでいなかった。俺も、そしてお前もいないのに」

 「…………」

 葛西がいないだけではない。往人も、そして佳奈も警察署から姿を消していたというのにその事を騒ぐものは誰もいなかった。

 それはつまり最初から往人たちは警察署へと行っていないことになる。葛西も含めて。

 「だけど、それだとつじつまが合わなくなる。警察署へと赴いていなければ連絡があるはずだからな。けど――」

 往人はそこで言葉を切り、葛西を睨みつける。

 葛西は、何も言わずに往人の言葉を待っている。

 「一つだけ、そのつじつまを合わせる方法がある」

 「ほう……」

 往人は懐から一枚の小さな紙を取り出した。それは往人が葛西から手渡された名刺だった。

 「この名刺、俺には渡したが佳奈には渡していなかったな? それはつまり佳奈にはすでに渡してあったからだ。違うか?」

 「……」

 葛西は答えないが、その落ちくぼんだ瞳がギロリと怪しい光を湛える。

 


 「お前は、魔法絡みの一件を知って佳奈へと接触したんだ。通報を自分へと行くように割り込んでな。その時に名刺に込めた魔力で佳奈を操り、俺ごとここに投影した偽りの警察署へと連れてきたんだ」

 言われても、葛西の余裕は崩れない。ただ黙って往人の言葉を聞いている。

 「だんまりか、まあいい。そしてお前は葛西を名乗り適当に話しを合わせて俺たちを閉じ込めた。その上で自分を犯人から外すためにわざと操られたフリをしたんだ。ご丁寧にこんなものまで使ってな」

 そう言って、往人が取り出したのは無色に近い小さく細い針。葛西の首元に撃ち込まれていた、あの針だった。

 「この針で肉体を操っていたのだと思ったが違ったんだ。これはデコイ。お前の中に流れる魔力を誤魔化すために用意されたものだ」

 そう。葛西は『魔族』が用意した仮初の肉体。その中には魔力が流れている。どれだけ周到に隠しても詳しく調べられればバレてしまう。

 ならば外部から操られて、その魔力が体内に残留していると誤認させようとしたのだ。

 「だから俺はお前の体に魔力の痕跡があってもそれほど気にはしなかった。だがな、お前は一つミスをしたんだ」

 「ミス、だと?」

 葛西の眉がピクリと動く。落ちくぼみギョロついた目が往人を真っ直ぐに睨み据える。



 「そう、ミスだ。お前は自分から俺を遠ざけようと人形を使って攻撃を仕掛けてきた」

 往人が二回目にこの工場跡地に訪れた際に、襲ってきた『魔族(にんぎょう)』。

 それが往人にとっては確信の決め手になったのだ。

 「あの場で俺を襲わせるべきではなかったな。普通に調べていれば、俺はお前をスルーしていたんだ」

 そう。葛西の中の魔力は操られていた時の残滓として往人は片づけ、そのまま途方に暮れただろう。

 だが、あの場面で『魔族(にんぎょう)』を使うのは違和感しか与えなかったのだ。

 「まるで葛西を守るかのようにタイミング良く現れた魔族。そして、その後もこの場へ近づけまいとわざと遠くへ誘うかのように現れた。だからこそ、俺は気が付けたんだ」

 「……オレが本体だと、か?」

 葛西が低い声で言う。それと同時に腕を黒い鱗がビキビキと音を立てて覆っていく。

 「そうだ。そしてそれだけじゃない。お前がビビッているってこともな」


 ――ガギィイン!!!


 腕を覆った鱗は爪と成り、往人が握る『レーヴァテイン』と激しくぶつかり合う。

 「オレがビビっているだと? 貴様のような矮小な人間如きに?」

 「違うさ」

 そう言って、往人は小馬鹿にしたように笑う。

 「お前がビビっているのは、ナル。だからこそ、俺を確実に抑えたくて安牌を取ろうとしたんだ」

 さらに、往人は決定的な言葉を葛西、いや『魔族』に向けて言った。


 「お前、メロウ帝国でナルに殺された魔族だろ?」

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