190話 交錯する想い Distorted_Desire part4
「ん? おい、ナル!!」
周囲を見渡し叫ぶが、あの少女は影も形も見せない。
おかしい。ナルは確かに『魔族』を倒せば佳奈を返すと言った。
「ナル!! 佳奈を返せ! それともあれはウソなのか!」
そう叫ぶが、返る声はない。ただ虚しくだだっ広い跡地に響くだけだった。
「クソッ……何がどうなっているんだ?」
この状況をナルが見ていることは確か。あの少女は往人が何をしているかすぐに分かるなどと、ストーカーも真っ青なことを言っていた。
「だったら仕方ない……」
往人はアクセサリー状に封印していた『レーヴァテイン』を抜き、自らの首元にあてがう。
「何をするつもりだい?」
力を込めようとした瞬間、目の前に金色にも銀色にも見える長い髪を持った少女、ナルが現れた。
その手にはいつの間に奪ったのか『レーヴァテイン』が握られている。
「やはり見ていたな」
「本気とは思わなかいけど、出ざるを得ないからね」
不機嫌そうな声色で、『レーヴァテイン』投げ返すナル。
彼女は往人が強くなることを望んでいる。それがなぜなのかは往人には分からないが。
それでも、往人がここで死ぬことは彼女にとって本意ではない。本気であるか否かは関係ない。その素振りを見せただけで姿を見せざるを得ないのだ。
「佳奈を返せ」
「どうして?」
「決まっているだろ! オレは魔族を殺したぞ、そうすれば返すといったのはオマエだろ!」
だが、ナルは呆れたように鼻で笑うと『魔族』の死体を指差し言った。
「アレのどこが魔族だって? ウソ言っちゃいけないよ、神代クン?」
「なに!?」
往人も慌てて『魔族』、その死体へと視線を向ける。
「ッ!? バカな……」
そこに転がるのは『魔族』の死体……ではなかった。
そのように偽装された造り物。より詳しくは土塊の塊だった。
「受肉術式……」
「いいや、それとも違う。アレは人形を遠隔で操っているね」
「本体はまだ健在ってことか……」
時間がないこの状況下で下らないことをしてくれる。
往人は舌打ち交じりに踵を返すと、そのままバイクへと飛び乗りエンジンをかける。
「おいおい、勝手に呼び出して何もナシでどこかへ行くのかい?」
「……聞けば、魔族の居場所を教えてくれるのか?」
「フッ、まさか」
――グゥオオオオ!!!!
言い終わらぬうちに往人はアクセルを吹かして走り去ってしまった。
「やれやれ、ボクすらも利用しようとする強かさは喜ぶべきだけど、あのすぐに余裕を失くすところは何とかして欲しいものだね」
そう言いながらナルの姿が薄く透けていき、そのまま虚空へと消えてしまった。
「チッ、どうすりゃいいんだよ……」
バイクを走らせながら、往人は歯噛みする。
だがその時、無くなったと思われた手掛かりが向こうからやってくる。
翼がはためく音と共に三つの影が、往人のバイクの上にかかる。
「あん?」
上を見上げると、先ほどと同じ容姿の『魔族』が三体、往人を嘲るように飛んでいた。
「ヒャハハハ!!! ぶっ殺してやるゼ!!」
三体とも三又槍を握り、走るバイクへと突き立ててくる。
何とか躱すが、それでも反撃ができないのは相当厳しい。
アクセルを右手で回すというバイクの構造上、手を離した状態ではスピードを維持出来ないのだ。
かと言って、他にも車が走っている今の状況ではマックス速度で走り続けて、左手による魔法発動も難しい。
むしろ、急に『魔族』などという訳の分からない存在が出現したせいで道路上はパニックになりかけている。
「チッ……!! これじゃあ避け切れなくなるッ!!」
言ったそばから、急ブレーキをかけた車が目の前に迫ってきた。さらに後ろからは槍が追い立てるように来る。
「マズいッ!!」
車に激突するか、それともバイク諸共串刺しになるか。
「オレはどっちもゴメンだね!!」
往人は叫んで、全力でハンドルを上方向へ引っ張る。ウィリーの要領でバイクの前方が持ち上がる。
しかし、それだけでは激突も串刺しも避けられない。
「うぉおおおおお!!!」
往人は背からブースター翼を吹かす。その高い出力により百五〇キログラムを超えるバイクごと飛び上がった。
「なぁに!?」
「喰らえぇえええ!!」
『魔族』よりも高く飛び、背後へと回る。そのまま後輪を『魔族』へとぶつけアクセルを全開にする。
凄まじい回転が『魔族』の鱗に覆われた、造り物の肉体を削る。
そのまま、百五〇キロを超える重量は『魔族』を地へとめり込ませた。