181話 司法の監獄 Justice_IN_The_Malice part2
本当に誰一人いなかった。
席を立ち、あちこちを探すが人どころか虫一匹見られなかった。
「ねぇ……ドアも開かないわ」
佳奈が青い顔でそう言ってきた。
往人もあちこちのドアに手をかけるが確かに開く気配がない。慌てて窓にも手をかけるがこちらも同様である。
「マジかよ……ふざけたことを」
往人は拳を握る。この状況を作り出せるのは、往人が知る限り一人しかいない。
ナル。
また彼女が往人をからかうために何か仕掛けてきたのだ。
「チッ……ドアを蹴破る」
「ええ!? そんなことして大丈夫なの?」
佳奈が不安そうに言うが往人は気にしない。恐らくは普通に出られる為の何かがあるのだろうが、そんなことに付き合うつもりはない。
魔法の存在を佳奈に見せるわけにはいかないが、身体強化の魔法ならばバレるリスクもない。
往人は来るときに通ってきた自動ドアの前に立つ。ガラス張りの大きな扉。
今は往人が立っても無反応である。
「ねえ、やっぱりマズいわよ……勝手に壊したりして、弁償なんてことになったら……」
「その程度で済めば幸運だろ。いきなり人が消えて、スマホも繋がらない。とっととここを離れるに限る」
往人はこっそりと魔法を使い、威力を跳ね上げた蹴りを自動ドアのガラス目掛けて繰り出す。
「……痛ってえぇえええ!!!!!!」
往人は叫び声をあげて、自身の足をさする。
それだけの痛みを受けたというのに、自動ドアは破壊どころか一切のヒビすら入っていなかった。
まったくの無傷。
こういった施設のガラスである。それなりに頑丈な造りはしているのだろう。
だとしても、魔法である。通常ではあり得ない威力の蹴りでも蹴破れないのは明らかにおかしかった。
「ちょっと! 大丈夫? っ……!?」
佳奈が駆け寄り往人の足の様子を見る。そして、その状態に思わず絶句してしまう。
往人の足は、内出血で真っ赤に染まっていた。
佳奈は知る由もなかったが、強化された蹴り。その威力がそのまま往人の足へと跳ね返ってきていたのだ。
身体強化で肉体の強度自体が上昇していなければ、間違いなく粉々に粉砕されていただろう。
「平気だよ。ほっときゃその内治る」
「そんなわけないじゃない! こんなひどい内出血、すぐに病院に行かなきゃダメよ!」
「それが出来りゃそもそもケガもしてないよ」
魔法で無理やり痛みを誤魔化し、往人はここを出るための方法を探す。
この下らない遊びに付き合わなければならないのは癪だが仕方がない。
「はぁ……学校休んじゃうのは嫌だわ」
「そんなこと言っている場合かよ……」
この状況で出席のことを気にするなんて、往人には信じられなかった。
しかし佳奈は、その言葉に眉を釣りあげて言った。
「あのね。学生の本分は勉強よ? それなのにこんな変なことに巻き込まれて学校を休むなんてあり得ないわ」
「流石は次期生徒会長だよ……」
そんなことを言いながら、二階を覗いたがやはりそこにも誰もいなかった。だが、一階とは少し違うこともある。
「これは……」
床に落ちていたもの。それは制服だった。お馴染みの警察の制服。あの青い服が床にいくつか落ちていた。
ここで警官が脱ぎ捨てたのではないだろう。
「服だけ残して消えちゃったの?」
「恐らくは。でもなんでだろうな……?」
服を残したのも疑問だが、なぜ二階の警官はそうなのだろうか。一階の警官は服ごと消えたというのに。
その時、上の階から何かが降りる音が聞こえてきた。
カツカツと階段を歩く音。しかしそれだけではない。
それに合わせるように、ぐちゅぐちゅと何かを潰すような水っぽい音も聞こえてくる。
「誰か来るわ。残っている警官かもしれないわ」
そう言って、階段に近づこうとする佳奈。
「やめろ!」
しかし往人はそれを強い言葉で制する。この状況で残っている者など、ロクな存在であるはずがないのだ。
ゆっくりと、足音の主が姿を表した。相変わらず、水っぽい音を引き連れて。
「あ……」
そして、その姿を見た佳奈は血の気が失せて意識を失う。
当然である。往人だって『ニユギア』で過ごした時間がなければきっと同じように意識を失っていただろう。
「こういった形で役には立たせたくはなかったがね……」