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180話 司法の監獄 Justice_IN_The_Malice

 「ふぁあ」

 朝の九時。往人は佳奈に連れられ、警察署の前に立っていた。

 ほとんど眠れていないせいでここへ来るまでも、ずっと欠伸をしてしまっている。

 「ちょっと。中ではあんまり欠伸をしないでよね」

 「仕方ないだろ。いろいろあんだよ……」

 口やかましい幼なじみと一緒に来るのではなかったと若干の後悔をしながら、往人は警察署の自動ドアを進む。

 


 中には忙しそうに警察官が行ったり来たりしている。

 二人はそんな中を歩き、受付に座る婦人警官へと話しかける。

 「あの、昨日の不審者に襲われた者ですけど。話しを聞きたいって……」

 「はい。それではあちらの生活安全課にてお待ちください」

 言われて、往人たちはカウンターの奥、『生活安全課』と書かれたプレートが下げられた箇所へと進む。

 課と言っても、部屋になっているわけではなく簡単なパーテーションで仕切られた簡素なものだった。

 「ここでいいのかな……」 

 「そうね。座って待たせてもらいましょう」

 二人は来客用だろうか、ソファーへと腰掛け担当の人間が来るのを待つ。

 待つこと二、三分だろうか。支給品と見られる青いジャンパーに身を包んだ五十代くらいの初老の男性が声をかけてきた。

 「お待たせいたしました。(わたくし)、生活安全課の葛西(かさい)と申します」

 相手は学生だというのに、ペコペコと頭を下げ名刺を手渡してくる。

 イメージしていた警察とはかけ離れたその姿に、往人も面食らってしまう。

 「あ、どうも……神代往人です。俺は名刺ないんすけど……」

 「ああ、いえいえ。申し訳ございません。名刺は結構でございます。そちらは今後の生活で何か困ったことがあればご相談にとお渡ししたものでございます」 

 何に謝っているのか、幾度も頭を下げながら言う葛西。幾分か薄くなった白髪になんだか中年の悲哀を感じてしまう。

 


 「それでですね。昨日(さくじつ)の不審者通報の件なのですが」

 葛西は脇に抱えていたタブレット端末に、捜査資料だろうか写真をいくつか表示させて話し始めた。

 「通報のあった西三丁目広場には確かに二台分の自動二輪車のタイヤ痕、三人分の足跡、それと自動二輪車が転倒した痕跡がありました。ですが確認できたのはどれも痕跡だけで、実物は何一つありませんでした。そこで当事者である神代さんに詳しい状況をお話しいただきたいのですが」

 画面をスクロールさせながら話す葛西。その指の動きに合わせて、昨日往人が男と戦った広場の写真がいくつも現れる。

 しかし、葛西が言うようにそこには跡だけで肝心な物は一切映っていない。

 往人が全て処分したから当然と言えば当然だが。

 「昨日は夕方からバイクでちょっと買い物に出かけて、その途中でおかしな男に襲われてそれであの広場まで逃げたんです」

 「なるほど……ではこのタイヤ痕の一つは神代さんの自動二輪車の物ですね?」

 写真に映るタイヤの跡。往人は自分のバイクの方を指差し、葛西はタブレットに書き加える。

 

 ――タイヤ痕② 被害者の自動二輪車


 画面に新たに丸で囲われ、そう書かれる。

 「それで、男の乗るバイクはバランスを崩したのかコケて、男もそのまま一回気絶したんです」

 「ふむふむ。では、この転倒痕は被疑者のものと……」

 再び葛西はタブレットに書き込む。

 往人はそれを見て、さらに話しを進める。

 「そのタイミングで佳奈、この女の子が来て男も意識を取り戻してナイフで襲って来たんです」

 「ナイフですか。なるほど……それは新たな情報ですね」

 葛西はタブレット端末とは別にノートパソコンのキーボードを叩いている。

 「その後は、佳奈を逃がして俺も男を引き付けながら逃げたんで、男がその後どうなったかは分からないんですが……」

 「そうですか……では、逃げるときに男は自動二輪車を使ってきましたか?」

 「いえ。バイクは使ってきませんでした。俺も普通に足で逃げて、撒いた後にバイクで帰ったんで」

 往人はあまり葛西の目を見ずに話す。ここら辺は嘘なので疑われないようにしなければならない。

 だが、往人の不安をよそに葛西はキーボードを数度叩くとおもむろに立ち上がる。

 


 「ありがとうございました。今していただいたお話しを元に捜査を進めますので今日はこれで……」

 そう言って、再びペコペコと頭を下げる葛西。なんだか拍子抜けだが、すぐに終わると言うのなら文句はない。

 往人は佳奈を促し席を立とうとする。

 「あ! 大変申し訳ございません。あと一つだけ手続きがございますのでもう少しここでお待ちいただけますか? 申し訳ございません。」

 平謝りする葛西を見ながら、二人はまたソファーへと戻る。

 「思ったよりも早くに済んだわね」

 「そうだな。面倒だったから良かったよ」

 しかしその後、十分経とうと十五分経とうと手続きとやらで誰かが来る気配がない。

 と言うよりも、今まで忙しなく感じられた雰囲気が失くなっていた。

 具体的には、人の姿が消えていたのだ。何かの用事か一般人はおろか、いなければならないはずの警察官すらもいない。

 もちろん葛西の姿も見えない。


 「どうなっているんだ……?」

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