179話 世界のルールは残酷か否か Over_Dose part3
「流石に戻らないとマズいよなぁ……」
マンションの駐輪場にバイクを止めて往人は一人呟いた。
気絶させた男は、人気のない路地裏に置いてきた。真冬でもないし凍えて死ぬということもないだろうと判断してだ。
そして男の乗っていたバイクは、スクラップ置き場へと捨ててきた。本当は色々と手続きをしたり処分料のようなものを支払わなければならないのだが、財布を落として文無しの往人には無理な話だった。
もっと言えば、男もバイクも詳しく調べたかったが佳奈のこともある。
一度家に戻らなければ、相当に面倒なことになりかねない。
「あっ、往人!!」
往人が住んでいるのはいくつかある棟のC棟。その入り口の所に幼なじみと母親が立っていた。
「佳奈ちゃんに聞いたわよ。変な男とトラブルになったんだって? 大丈夫? ケガとかしてない?」
母親は顔を真っ青にして往人の体のあちこちを確認している。その目には涙が浮かび、体を触る指も震えている。
恐らくは、往人が男に呼び出されて家を出たと考えているせいだろう。
「ああ、大丈夫だよ。突発的なものであって、狙われてたとかじゃないから」
嘘ではない。嘘ではないが、真実ともいえない。
母親の涙を見ると、どうしても罪悪感が胸を締め付ける。
「そう? 無理していない? 怖い人に目をつけられたりしてるんじゃないの?」
「違うよ。ホントにそんなんじゃないから……」
照れくささといたたまれなさから、その場を離れてエレベーターへと足を進めようとした時だった。
「待って。明日、一緒に警察に行くわよ」
「はあ!? 警察? やだよ、面倒くさい」
佳奈の言葉に往人は心底イヤそうな顔をする。冗談ではない。ただでさえ今の状況は芳しくないのだ。
それを警察などに行って余計な時間など使いたくはなかった。
「ダメよ。言われているの。当事者からも話を聞きたいって」
「ええ……別にいいよ。大したことじゃないし」
そう言って、逃げようとした往人の腕を母親がひしと掴む。
「お願いだから警察に行きましょう? 自分一人で解決しようとしては危ないわ。私、往人に何かあったら……」
そう涙声で懇願されては、その腕を無理に振り払うことは往人にはできなかった。
「……分かったよ」
なので、そう言うしかなかった。
「どうするかな……逃げたって構わないけど」
その夜遅く。
往人は自室のベッドの上で悩んでいた。
結局、なにも分からなかった。この世界のことも、どうすれば『ニユギア』へ戻れるのかも。
だというのに、明日は警察へ行って色々と話しをしなければならない。
それも、余計な疑いを持たれないようにと身辺警護をされないようにと、色々と気を回さないといけない。
逃げようと思えば逃げることも出来る。だが、やはり母親の涙が脳裏にチラつく。
「くそっ……別に創りものかもしれないのに……」
しかし、そう断じることも出来ない。
あの時ナルは自分が創った世界だとは言わなかった。だからこそ、こうやって悩まなければならないのだ。
「何がゲームだよ……あの性悪女め」
ふと壁に掛けられた時計に目をやる。蓄光の文字盤はすでに深夜の三時を指している。
「明日に響きそうだな……」
無理やりに考えを頭の奥へと押しやり、往人は強く目を瞑った。
しかしそんなことをしても眠ることはできずに、結局はカーテンの向こうが白んでいくのを見ることになってしまった。