178話 世界のルールは残酷か否か Over_Dose part2
現れたのは、黒髪のショートヘアにベージュのブレザー。紺のプリーツスカートを身に着けた少女だった。
「お前、佳奈?」
三島佳奈。
往人と同じ高校に通う同級生で次期生徒会長との呼び声も高い生徒である。その上、文武両道で容姿も端麗という完璧少女。
どちらかというと素行の良くない往人にとっては苦手とする女性だった。
「こんなところで何をやっているの?」
「いや、別に……」
そして、佳奈は往人にとってはもう一つの関係性もあった。
「別に……じゃないでしょ? おば様にもあなたのことを頼まれているんだから。バイクが転がっている現場に居合わせて、素通りなんか出来ないわよ」
もう一つの関係性。
それは往人と佳奈が幼なじみだということである。だからこそ、往人は彼女が苦手なのだ。
別に完璧少女の次期生徒会長、というだけならばそこまで気にも留めない。
しかし、小さいころからの彼女を良く知り、向こうも同じ。家も近所で家族同士の交流もあるのでは無視するわけにもいかない。
こうして会うたびに、何事かと小言を言われているのであった。
「いや、今回のことはホントに……」
「なぁに? ハッキリしないわねぇ。そうやって口ごもるところが怪しいわ」
そう言われても、正直に話すわけにもいかなかった。
異世界である『ニユギア』から来て、そこの住人と命のやり取りをしているなんて口走りでもしたら頭がおかしくなったと思われる。
第一、危険なことに彼女を巻き込みたくはなかった。たとえ創られた存在なのだとしても同じ容姿の者が傷つくのは見たくはなかった。
「喧嘩みたいだけど、心配なのはあなたが一人で大声で喋っていたからよ。聞き覚えのある声が聞こえたから来てみれば、転がった男をどうするでもなく一人でずっと喋って……心配するのは当たり前でしょ?」
「は!?」
そう言って、往人は振り向く。
ポツンと立つ街灯。その下で淡い灯りに照らされていたはずの少女は何処にもいなかった。
まるで最初からいなかったかのように、その痕跡を一切残さずに消え失せていた。
「ナル……」
「何言ってるの?」
不安そうな顔で佳奈が往人の顔を覗き込む。幼なじみが本当に精神を病んでしまったのではと思うと心底心配だった。
多感な時期の高校生男子。色々と不安もあるだろう。
最近、喧嘩も多いと聞いているし夜中にバイクで走り回ってもいるらしい。
そんな幼なじみが、人のいない広場で一人で大騒ぎしているとなれば声をかけずにはいられなかった。
「ねぇ、往人……本当に大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫だよ。頭がイカレたとかじゃないから」
「クソ……やるじゃねェか。このガキが! 大人しく金になってりゃいいのによ!!」
「チッ……タイミングの悪い!」
最悪だった。
気を失っていた男が目を覚まし、吼える。
どうせならもっと眠っていてくれれば良かったのに、何もこんな状況で目を覚ますなんて空気の読めない男である。
「オラァ!! とっとと死にやがれェ!!」
男は懐からナイフを取り出し往人目掛けて突き出す。
咄嗟に往人は佳奈を突き飛ばすと、自身も迫る凶刃を躱しながら叫んだ。
「佳奈、逃げろ!!」
「でも、往人は……」
「俺は大丈夫だ! お前が狙われると俺も逃げられない。早く遠くへ逃げてくれ!!」
そう言うと、佳奈は広場を離れて駆けだした。
この場では自分は足手まといでしかないと悟ったのだろう。だが聡明な彼女のことである。これで時間が無くなりもした。
警察を呼ばれる。
幼なじみをあれだけ精巧に創ったナルのことである。警察への通報をしない様には設定していないだろう。
つまりは後、一〇分もしないうちにサイレンが聞こえ始める。
それまでにこの男を倒して、この場を去らなければならない。しかも、この男を連れて。
そうでなければ、色々と後の行動に支障が出てしまう。
「ああ……それにコイツのバイクも処分しなきゃいけないのか……」
「何言ってんだよ!!」
「ちょっと黙ってろ!!」
再び突き出されたナイフを蹴りの一撃で圧し折り、そのまま懐へ飛び込んで拳を叩き込む。
ほとんど力を込めずに繰り出した拳だが、男の意識を奪うのには十分だった。
「よし、早く行かなきゃ……」
それから一五分後。
赤い光が、人はおろか猫一匹いない広場を照らしていた。