177話 世界のルールは残酷か否か Over_Dose
「イテテ……」
弾き飛ばされた男。普通はすぐには起き上がれないはずなのだが、何事もなかったかのように立つ。
「まったく、やってくれるな。あーあー、オレのバイクがメチャメチャだよ」
「お前……一体」
往人は驚く。怪我がないのももちろんなのだが、何よりも服に一切の傷がなかった。派手に打ちつけたヘルメットにもスリ傷一つない。
「魔法が使えるのか……?」
「あ? ああ、そういやそんなこと言ってたっけなァ。メッチャ強ぇ力をくれるってなァ!!」
男が手のひらから火球を放つ。
燃え盛りながら往人へと迫る。しかし、その威力は『ニユギア』で見てきたそれとは比べ物にならないほどに弱々しかった。
「こんなものっ!」
この程度では往人の敵にはならない。しかし、威力が問題なのではない。
まさか、こんな普通の者までもが魔法を使ってくるとは思わなかったのだ。
今までは、魔法を使い戦う者と対峙するときは、常にその覚悟があったし身構えもある程度は出来ていた。
だが、今回はほとんど不意打ちに近い。
たとえこの男を下したとしても、この後誰が魔法を使ってくるかがまったく分からない。
「お前を倒すのは簡単だが、まずは情報を聞き出させてもらう」
「ぁ?」
一瞬。
男が気が付いた時には、往人が目の前に迫っていた。
身体強化の魔法。往人はそれを使い接近した。そしてまずは牽制と軽く男へと拳を突き出した、はずだったのだが。
「ア、がぁ……!」
男は簡単に崩れ落ちた。
先ほどまでの余裕など微塵も見せずに意識を失い、地に倒れ伏す。
「え? おい、なんだよ……俺は別に……」
思わず、倒れた男へ声をかけ様子を伺う。反応はないが呼吸は確認できるので命はあるようだった。
「だけどなんで……」
分からない。
ただの牽制。威力なんて微々たるものである。と言うよりも躱されることを前提に放ったような一撃。
あれだけ派手に転がった男が、こうも簡単に気絶する威力なんてあるはずがない。
――パチパチパチ!
その時、困惑する往人の耳に乾いた音が飛び込んでくる。
それは手をたたく音。それも、称賛する為の音ではない。むしろ嘲る為の、わざとらしい拍手。
「……ナル」
往人はその拍手の正体が、何者であるか見もせずに看破して見せる。
と言っても、この場で出てきてからかうようなマネをする者など一人しかいない。
「アハハ。やっぱり神代クンはスゴイねェ。ボクのこと分かってくれてるんだ?」
広場にポツンと立つ電灯。そこに金にも銀にも見える髪をもち、黒と白のチェックワンピースを身に纏った少女、ナルがいた。
「何のようだ?」
「フフ。強がるところもイイねェ。なんでその男が簡単に倒せたか知りたいんだろ?」
クスクス笑いながら、ナルは舞うように往人へと近づき言った。
「今のキミは、キミが思う以上に強いんだよ」
「どういうことだ?」
「キミはニユギアへ行き、そこで力を手にしたよねぇ? 一つは天の王、もう一つは魔の王。その力を自身へと憑依させ、操る。そしてキミ自身も魔導書の力を有している。おっと、一応聖剣もキミが持っていたね。ま、だからさ。キミは自分で思っている以上に、力に適応しているんだよ」
そう。男が弱いわけではない。
往人が強すぎたのだ。そして、それを往人が理解していなかったと言うだけ。自己評価との乖離が生んだ事象だっただけである。
「ここではキミが思うよりも、もっと力をセーブしなければ人を簡単に殺せちゃうよ?」
「悪趣味な奴め。貴様の創った世界だろうに」
往人は怒りを込めた瞳でナルを睨む。
ゾワゾワとした黒い感情が、往人の心に湧き上がってくるがそれを抑える。ナルが言ったことが真実ならば、この世界で『魔導書』を解放してしまえばどんなことになるか分からない。
「ん? ま、確かに異世界だよねェ。ボクにとってはどうでもいいんだけどさ」
「訳の分からないことを!!」
往人が拳を握り、ナルへと足を出そうとしたその時――
「あれ? 往人、往人でしょ?」