172話 混沌の宴 HEROs_Parade part8
異形。
そう形容する以外にはないほどに、その壮年の男の姿は変容していた。
もはや人の形を保てていない。
斬り落とされたスピネルたちの肉体を取り込んだのか、腕や足が増えた上におかしい位置に接続されている。それはまるで、崩れかけのケンタウロスの様でもあった。
さらには禍々しい『気』が全身を多い尽くし瞳だけが不気味に赤く輝いている。
――オァアアアアア!!!!!!
もはや人の言葉すら失ったのか叫び声を上げながら手にしたランスをやたらめったらに振り回す。
その標的は往人たち四人だけではなかった。
「なんだとっ!?」
自分をも巻き込む攻撃に、驚愕の表情を浮かべて身をかがめるサンドロス。
「バルカン! 何をやっている。俺も殺すつもりか!!」
――ウゥオアアアアアアア!!!!!
だが、バルカンはそれには答えない。
いや、答える術を持たないのか。ただ吼え、暴れ狂うのみ。
「どうなっている!? リリムスッ!!」
リリムスへと突き立てられようとしていたランスを、往人はエクスカリバーで斬り裂く。
しかしおかしい。先ほども往人は『聖剣』で、同じものを斬ったはず。
その答えは、すぐに分かった。
「チッ……瓦礫で再生させたのか」
そう。周囲に転がる瓦礫。それを『気』の力で無理やりにランスと同化させて形を戻していた。
だが、バルカン本人と同様にその形状は元のランスと比べて歪でやはり異形と言えた。
「魔導書の暴走……」
「え?」
リリムスが呟く。
「魔導書を使うのではなく、逆にその力に飲まれると支配されて暴走するのぉ。ただ破壊衝動のままに行動するバケモノになってねぇ」
「力の暴走……」
「所詮はただの人間に魔導書なんて制御できるものではなかったってことねぇ。いくら体をイジっても、その叡智を無理やり支配なんて不可能なのよぉ」
それはサンドロスへと向けた言葉。
『魔導書』とは道具ではない。支配ではなく探求こそが共に歩むための唯一の道。
それを理解しなかった愚かな皇帝へ告げる。
「とにかく、今はこの男のことはいいわぁ。まずはコッチを何とかしないとぉ……」
――ガァアアアアアアア!!!!!!
リリムスが向けた敵意に反応したのか、バルカンが吼えランスを突き出す。
暴走しているとはいえ『魔導書』。人智を越えた威力の一撃が広いVIP席の壁を粉々に粉砕する。
さらにそのまま力任せに横薙ぎへと振るう。
四人は外へと飛び出し、リリムスはそこから火球を放つ。
しかし、それも『気』が障壁の代わりとなって大きな効果は現れない。
「厄介ねぇ……ダーリン、エクスカリバーが決めてになるわぁ。コッチで足止めをするからお願いねぇ」
「え? おいっ!!」
言うが早いか、リリムスはクリスを伴ったままVIP席から飛び出し衝動のままに暴れるバルカンへと立つ。
「怖いかもだけど、クリスにも手伝ってもらうわぁ」
「うん。だいじょうぶ。ワタシもおにいちゃんの助けになるもん」
杖を構え、まずは牽制の風の刃。二、三発と続けざまに放たれた刃は『気』に阻まれはするが、それでいい。
注意を自分たちに向けて、往人たちが上手くバルカンを狙う為の準備をさせる。
「さぁ、くるわよぉ!!」
怒れるバルカンがランスを両の腕、しかも異形ゆえに五本へと増大した腕で地へと突き立てる。
狙いも何もない。凄まじい威力のそれは破壊の余波だけでリリムスとクリスの立つ場所へも十分な攻撃となる。
「くぅ……クリス、大丈夫かしらぁ?」
「……うん。平気。あいつの動き、止められるかやってみる!」
瑠璃色の瞳が輝く。
クリスの持つ停止の力。その輝きがバルカンを捉えた時、さらにランスを振るおうとしたその動きが縛られたかのように急停止する。
「きいた! ……でも、ダメッ!!」
しかしそれも束の間、拘束を無理やり引きちぎるとランスを振るう。
荒れ狂う破壊の暴虐が、二人へと襲い掛かる。
リリムスの障壁を全開で展開し、直撃だけは逸らしたものの、なお余りあるほどの破壊。
突き抜ける突風に巻き上げられた瓦礫が、二人の全身を叩く。
「きゃあああああ!!」
「くッううぅううあああ!!!」
凄まじい激痛が二人の体に走る。あちこちにキズを作り、血が滲んでいる。
それでも立ち上がる。
クリスも目の端に涙を浮かべながらも、それでも強い意思を携えてリリムスの横へと並ぶ。
「ワタシ、まだだいじょうぶ。リリムスおねえちゃんと戦うよ」
「ダーリンの為? フッ、イイ女ねぇ……でもッ!!」
リリムスの背から黒翼が展開され、瞬時にバルカンの背後へと回る。注意を向けるための火球を連射しながら。
「尽くすオンナはワタシと被るわぁ!!」
バルカンがリリムスへ振り向こうとしたその時――
「遅いわぁ」
リリムスの杖が薄紫に輝く。しかし杖からはなんの魔法も発動はしない。
代わりに発動したのはバルカンの足元。
背後に回る際に設置しておいた札。
巻かれた五枚の札から鎖が伸びてバルカンの足元へと絡みつく。
無理やり接続した足により、そのバランスは元々不安定。
そこへ鎖が巻きつけば、当然体勢を崩して転ぶのみ。
「クリスッ!!」
「うん!!」
さらに、地面へとその異形を晒す直前にクリスの停止の力が、その場に固定する。
無理やりに空中で固定されたバルカン。
二人が協力して作り上げた大きなチャンス。
それを逃すような男では、往人はない。
――ヒゥン!!!
風を斬り裂く甲高い音と共に光刃が走る。
それと同時に、異形の体がいくつもの肉塊へと形を変えボトボトと地面へと落下していった。