171話 混沌の宴 HEROs_Parade part7
「はああッ!!」
剛槍が呻りを上げる。纏う黒き『気』が螺旋を描き、その貫通力を何倍にも上昇させる。
爆発とも見紛うほどの一撃が舞台を砕く。
散弾銃の如き飛び石が、アイリスとリリムスの体を叩く。
「くぅッ!!」
「おのれ……!!」
痛みに悶えながらも即座に反撃。
先に動くのはリリムス。黒き、二対四枚の翼を広げバルカンの背後へと回る。
「これでッ!!」
雷光が迸る。幾重にも枝分かれした雷撃がバルカンを遅い、群青色の鎧へといくつもコゲを発生させている。
「子供だましがッ!!」
咆哮で空気が震える。自身に牙剥く雷撃が、放たれた黒衝撃波で掻き消される。
人の身でありながら『秘法』を行使する者。
土塊の身で放つ魔法では大きなダメージにはやはりなり得なかった。
しかし、それでいい。
元よりリリムスは自分の力でバルカンを倒すつもりはない。彼女の目的は目晦まし。
もう一人の王が戦うために時間を稼ぐことにあった。
「やらせないっ!!」
リリムスに迫る剛槍。輝く白翼が彼女の前にはためき、その一撃から守る。
『霊衣憑依』。
往人とアイリスが一つとなった姿。燃えるような紅き瞳がバルカンを睨み据える。
「リリムスに手を出すなら、まずは俺を通してもらおうか?」
「下らん」
槍が横薙ぎに振るわれる。円錐状の形をした、所謂『騎槍』と呼ばれる形状の槍なので刃はついていない。
従って、その打撃力を以て破壊を行う一撃。
そしてその威力は『秘法』により、人間の限界を遥かに超越したものとなって四人へと襲い掛かる。
「だとしてもっ!!」
槍の一撃が止まる。それだけではない。上へと弾かれ、白翼が煌めく。
「このまま斬り裂くっ!!」
ヒゥン!! と風を斬る甲高い音が一瞬響く。
そして、それに僅かに遅れて光刃が縦一線に振り下ろされる。
『エクスカリバー』。
『魔導書』同様に、それ一つで国と渡り合えるほどに強力な力を秘めた『天界』の至宝。
人の胴体ほどの太さのあるバルカンの槍を、まるで豆腐でも斬るかのようにいとも簡単に真ん中で断ち切ってみせる。
「なんだとッ!?」
「遅いっ!!」
懐に飛び込んだ往人が、バルカンのがら空きの胴目掛けて蹴りを放った。
今の往人は二つの魂を有している。
故に、二つの魔法を同時に行使できる稀有な存在となっている。
蹴りに乗せたのは身体強化魔法。しかもそれを二人分同時に行使して。
爆発的な威力の蹴りがバルカンを襲う。その衝撃はもはや言葉では言い表せないほどである。
全身を包んでいた鎧は繊細なガラス細工のように粉々に砕け散り、その内の肉体へも深刻なダメージを負わせる。
「……がっ、ぁあ……」
大きく吹き飛び全身を崩壊しかけている舞台へと叩きつけられるバルカン。
意識を失わなかったのが、もはや不幸とも言えるほどに凄まじい痛みが彼を襲う。
「ぬぅ……カミシロォ……!!」
苦々しい表情を浮かべ、握った杯を握り潰すサンドロス。
これで彼を守護するものは本当に無くなった。
スピネルは全て死んだか戦闘不能に陥り、『魔導書』の所有者となっていたバルカンも戦える状況にない。
自身に傅く配下たちも到底戦闘に耐えうる者ではない。
「バカな……スピネルよ、バルカンよ!! 俺を護れ!! 何のために造り、何のために改造を施したと思っているんだ!!」
「無駄だ。お前はもう終わりだよ」
「っ!? 誰に向かって口を聞いている……!!」
自身の傍まで近づいてきた往人に、それでも尊大な態度を崩さずに吼えるサンドロス。
しかし、突き出したその指は小刻みに震え、瞳には恐怖の色がありありと浮かんでいる。
もはやそこには皇帝としての威厳などなにもありはしなかった。
「答えろ。なぜ魔導書の力を利用なんてした」
「……決まっているだろう。我が国がこの世界に君臨するためだ。世界は今、その覇を決めるために水面下で様々な攻防が続けられている。勇者再現体もその一つだ」
剣を突きつけられ、うなだれたままのサンドロスが言う。
「チア国を襲ったのが貴様らならば見ただろう? この国同様に人間を使って強化兵やデザインベイビーを造っているのを。俺はそこから一歩先んじるために魔導書を使ったのさ」
悪びれる様子もなくそう言ってのけるサンドロスに、往人は拳を握る。
「だったらもう一つ。さっきの男のがなぜ魔導書の力を使えたのかしらぁ? それも外部供給じゃない、所有者としての力を。あれは肉体改造どうこうで何とかなる者ではないわぁ」
足を踏み出しかけた時、背後で声がした。クリスをその腕に抱えたリリムスがサンドロスへと質問をしたのだ。
『魔導書』は本来なら人の身では扱えない代物。その内に秘める魔力が強すぎて『秘法』を使う前に肉体の方が崩壊してしまうのだ。
「そんなことを知ってどうする」
「いいから答えなさぁい」
だが、サンドロスは答えずに薄く笑ってこう言った。
「だったら、本人に直接聞いたらどうだ?」
言い終わると同時に、四人の背後から漆黒の『気』が襲い掛かってきた。