170話 混沌の宴 HEROs_Parade part6
黒き衝動。
――全てを壊したい。何もかもをメチャクチャにしたい。
ナンバーツーと呼称されたスピネルの一体の内に沸き起こる感情。
同族であるナンバーイレブンを自らの手で貫いた時、得も言われぬ高揚感に包まれた。
自分の行動を信じられない、と悲しむ声。チラリと見せた悲痛なる瞳。
言い知れぬ興奮が押し寄せてきた。
「残念だよ、No.11。お前は所詮、勇者の力に至れなかった失敗作だ。だから、この者を倒すための礎となれ」
冷酷な声が、ほとんど意識を失くしているイレブンの中に響く。
もはや、何も感じない。感じる、ということすら出来なくなっている。
あとほんの数刻。命の脈動が尽きようとするイレブン。
だが、その体に温かいなにかが、そっと触れる。
「お前……!!」
それは敵であるはずの。倒すべき存在であるはずの往人の手。
自身も傷を負いながらも、それでも悲しみを映す瞳に手を伸ばさずにはいられなかった少年に、イレブンは自らの内に熱く込み上げるナニカを確かに感じていた。もうそれは出来ないはずったのに。
「No.2……!! オレが失敗作だと言うのなら、それはキサマも同じ……オレたちは、造られた存在。スピネルシリーズのクローン体なのだから!!」
ほんの数刻の命を燃やし尽くし、さらに縮めながらもそれでもイレブンはツーへと掴みかかる。
胸からは、熱のない青紫の血が噴出している。しかしその奥。イレブンの、造られたが故に存在しないはずのココロには確かに、熱い想いが燃え盛っていた。
「お前……ッ!! その男を殺すチャンスに、邪魔を……するなッ!!」
それでも、やはり命の尽きかけた個体。万全の、それも『魔導書』の力に飲まれたツーの相手のはなり得ない。
ほんの刹那、時間を稼ぐのが関の山だった。
だが、その刹那は『勇者』として生きることが出来た時間。そして、この場にいるもう一人の『勇者』へとバトンを繋いだ時間だった。
「斬り裂くッ!!」
青く透き通った軌跡が一閃。魔力を極限まで込め、その斬れ味を最大限に上昇させた斬撃がツーの脇腹から、斜めに斬り上げる。
追従する魔力の残滓が、さらに切断面からツーの肉体をズタズタに引き裂く。
完全に。完璧に殺し尽くす。
静かなる怒りを込めた斬撃が、僅かでも再生魔法を使う可能性を残さずにその命を奪っていった。
「これで、お前を護る存在は無くなったぞ」
「……やってくれる。まさか、五体の再現体を屠るとはな」
丸裸同然となりながらも、それでも皇帝サンドロスの余裕は崩れない。
椅子に腰掛け、酒を煽っている。
「そいつらを造るのにどれだけの金が必要だったか分かっているのか?」
「どうでもいい。命を造って、自らは安全な位置でふんぞり返るヤツの言葉など聞くつもりはない。その上、魔導書の力まで利用して……」
「フッ、それはお前も同様だろう? その力、魔導書によるものだろう。それを棚に上げるつもりか?」
確かに、皇帝の言葉通り往人も『魔導書』を有しその恩恵に預かっている。
だが、皇帝と往人には決定的な違いがあった。
「魔導書を、叡智ではなく力としか見ていないお前には言われたくない。ただ強力な魔法を放つ道具としか考えていない、深淵を覗こうともしない貴様にはな」
そう言われた時、皇帝は笑い始めた。愚か者を見て、嘲るように笑ったのだ。
「ハハハハハハ!!!! そうか、俺が魔導書の深淵を覗かないか。確かにな、お前のいう通りだよ。俺は深淵を覗くことは出来ないさ」
そう。彼は『魔導書』を覗かないのではなかった。
「でもな。そんなに言うんだったら、見せてやるよ。貴様の望み通り深淵ってやつを」
言い終わると同時に、往人の背後で気配がした。それは殺気と言い換えてもいいだろう。
ゾクリ、と背筋が凍るような感覚。振り向くまでもない。少しでもその場に留まれば待っているのは確実な『死』だった。
「ダーリンッ!!」
「危ない、ユキトッ!」
鋭い槍の刺突。往人をその背のクリスごと貫こうとする一撃を二人の王が護る。
重ね合わされ張られた防御魔法が、槍の一撃を止める。
黒く禍々しい『気』が障壁とぶつかり合い、火花のように飛び散る。
「アナタは……ッ!!」
勇者再現体たち同様に『魔導書の秘法』を使い戦う者。
深い群青色の鎧に身を包み、漆黒に染まった剛槍を手にした壮年の男。
そこに立っていたのは『メロウ帝国正規騎士団団長』、バルカン=レイバスだった。