16話 天の剣は勇気と共に The_EX-calibur part3
「舐めるなっ!!」
プライドをいたく傷つけられたのか、バルドルが怒りの咆哮を上げる。
再び往人、アイリス双方の視界から消えるが、それはアイリスには視えていた。
「ここで不意打ちを選ぶなんてな」
背後に回ったバルドルの放つ上段蹴りをほんの数センチ体をずらすだけで躱すと、カウンターの中段蹴りをかますアイリス。その足には光り輝く魔法陣が浮かんでいた。
身体能力を爆発的に上昇させる魔法。今のアイリスの蹴りは時速百キロの自動車が激突するのと同様の威力を持っていた。
バルドルが体からミシミシという嫌な音を立てながら後方へと吹き飛んでいく。それでも体がバラバラにならないのは『天族』だからか。
「今だ! ユキト!」
「え? ああ、そうか!」
アイリスの言葉に往人も何をすべきかを理解する。
霊衣憑依。
人間界では大きく制限のかかる『天族』の魔力を最大限発揮するための魔法。
その為の呪文を唱えるべくアイリスと往人は紋章が刻まれし右手を重ね合わせる。
「奴の時とは呪文が違う。私の後に続いてくれ」
「ああ」
今度は往人も最初から覚悟ができていたせいだろうか、すでに燃えるような熱量が右手の紋章から迸っている。
「聖なる光を灯す魂よ」
「聖なる光を灯す魂よ」
全身に熱が伝わるたびに感じる。
「真なる秩序を我が前に示せ」
「真なる秩序を我が前に示せ」
この空間が支配されていくのを。
「契約の元に、今命じん!」
「契約の元に……っ!?」
だが、その支配は不完全に終わってしまった。
「それをさせるわけにはいかないさ」
アイリスの蹴りが相当にこたえたのか、額に脂汗を浮かべながら右手を翳すバルドル。
その右手には魔法陣が輝いている。
そして――
「ユキトッ!!」
その魔法陣は往人の体にも浮かんでいた。
否、正確には往人が着ている服に。
声が出せない。
全身をギリギリと締め付けられているせいで、立つことも出来ずモゾモゾと無様に蠢くことしか出来ない。
アイリスも衣服を引きちぎろうとするが、より強靭に締まって往人を苦しめるだけだった。
(どうなっている!?)
自身を戒めているのは着ている服。何かをされたのだろうか?
(それにしては魔法を使っている感じはなかった……)
往人がバルドルから攻撃を受けたのは二度。裏拳を喰らった時と脇腹へと蹴りを入れられた時だ。
魔法、というものがどこまで万能なのかはまだ分からない。
だが、あんな一瞬で衣服に仕込めるものなのだろうか。
「何が起きているか分からないって感じだな」
全身を襲う痛みの中で必死に考えを巡らせていると、バルドルが笑いかける。
「どうやってユキトに戒めの魔法を……!」
「簡単さ……これが答えだよ」
そう言ってバルドルは自身の顔へと手を翳す。
青白い光に包まれたその顔を見た往人は思考が止まる。
「――っ!?」
視界に映っていたのは、老店主だった。少々無愛想ながらも丁寧で、優しそうな雰囲気がを持っていた仕立て屋の老店主。
「大体、疑問に思わなかったのか? どうして私がこうも簡単に貴様らを襲撃できたのか」
「誘いこまれた……」
今思えば襲撃のスパンが早すぎた。先の市街地戦は囮。本命はこちらだったのだろう。
「魔族との戦いの反応を追って来てみたら、まさか魔王と手を組んでいたとはね」
「それで町に溶け込む格好を求めると踏んであそこで……」
「ああ。ま、あそこの店主には悪いことをしたよ。花でも手向けておけばよかったな」
小馬鹿にしたようなバルドルの言葉に、往人はジタバタとその場で跳ね回る。
「――っ!! ――っ!!」
往人は必死で左手の指輪に念を込める。もう一度、あの光の刃を放つために。
「はははっ、何やっているんだ。まるで間抜けな虫けらだな」
「ふんっ!!」
アイリスの拳がドルバルへと向けられるがそれも止められてしまう。
「流石に限界も近そうだな」
「くっ……」
契約を結んでいるとはいえ、弱体化著しい体では魔法もろくに使えない。
身体能力強化の魔法は、正直虎の子だったのだ。
「終わりだ、女神様」
魔法陣が輝くバルドル拳が、アイリスの顔へと勢いよく叩き込まれる。