159話 最終戦 What_Lies_Ahead part5
「ダーリンッ!!」
叫びとともにリリムスの指輪が強く輝く。それに伴い、莫大な魔力がリリムスへと流れ込んでくる。
黒く、そして底冷えするように邪悪な『魔導書』の魔力が。
しかし、リリムスも所有者。それも往人よりもさらに深い領域へと踏み込んだ者。
この程度の魔力ならば受け止めることは容易だった。
「リリムス……」
『魔導書の毒』に侵されていた心が戻り、落ち着きを見せる往人。その表情はやはり浮かないものであった。
リリムスがそんな往人を優しく抱きしめる。
「大丈夫よぉ。魔導書に深く入り込み過ぎただけだから」
「なにイチャついてんだ! バカにしやがってぇ!!」
再生魔法によりしぶとく立ち上がったスピネルが吼える。さんざん甚振られ、怒りが頂点に達したスピネルが杖先から黒炎球を連射する。
超威力の火球は地面を抉り溶かしながら二人へと突き進んでいく。
「テメェだけはこの手で殺してやるよ!!」
ダメ押しとばかりに叫ぶスピネルが雷の爪を手に纏わせ貫かんと突進する。
火球に焼かれるか、雷爪に貫かれるか。
迫る選択肢に、往人は拳を握る。
「俺が選ぶのは三つ目だっ!!」
雷爪を躱す。そうなれば眼前に迫るは黒き火球。それを往人は思い切り殴りつける。
しかし、その拳が焼かれることはない。先ほど同様に制御を乗っ取り、逆にスピネルへと撃ち返す。
「読んでだよッ!!」
それもブラフ。
制御下に置かれることを見越したうえでの黒き力。
反射魔法を使って衝撃波へと火球を変える。そしてスピネルの攻めはここで終わらない。
「さらにもう一撃!」
杖に込めた魔力を解放する。
灼熱の炎塊。アイリスに大きなダメージを与えたあの魔法が宙から降り注ぐ。
「溶けちまいなぁ!!」
自身の魔力のほとんどを込めて放った炎塊。黒い力も使っていないから制御下に置かれる心配もない。
(勝てる!)
だが、その思いも次の瞬間には粉々に打ち砕かれていた。
炎塊が瞬く間に凍り付いていった。
まるで早回しの映像を見るかのような光景だった。
そして黒地に赤のラインが走った杖から一条の光が走る。それは凍り付いた炎塊にぶつかると、『分解』して見せた。
そう。破壊ではなく分解。巨大な氷塊が正確に立方体へと分解されたのだ。
『霊衣憑依』。
リリムスと一つになった往人が、さらに杖から光を放つ。
それは落下していく氷の粒に当たると、拡散し反射しいくつもの光の筋へと変わっていく。
回避不能の攻撃。
「がぁあああああ!!!!!」
拡散レーザー。
その一撃一撃がスピネルの意識を薄れさせていく。
再生魔法も、連続で襲い来るレーザーによる痛みが意識を阻害し使用できない。
どれだけ一撃が強大だろうとも意識さえ失わなければ再生魔法は使える。逆を言えば、意識の集中をが出来なければどれだけ弱い魔法であっても再生魔法は使わせなく出来る。
「勝負あったな」
「このッ……!!」
眼前に拳を握った往人が立つ。自身も矢の雨に晒されながらも止まらない。
振り抜いた拳がスピネルの頬を打つ。鈍い音と共にスピネルの体が宙を舞う。
倒れ伏したスピネルが再生魔法を使う様子はなかった。
それは、勝者が決まった証。
「よろしいのですか? あのような……」
「そうだな……」
しかし、それを快く思わない者がいる。
VIP席から、スピネルと往人の闘いを眺めていた皇帝サンドロスが険しい顔つきで額に手を当てている。
「まさか他にも魔導書の力を使う者がいるとは……」
サンドロスにとっては想定外の自体ではあったが、それならばと考え直す。
「このまま大会は続行させよう」
「しかし、スピネルは……」
「構わないさ。向こうが魔導書を使えるならやりようはある」
そう言って、サンドロスは新たに用意された杯から再び酒を煽った。