158話 最終戦 What_Lies_Ahead part4
驚くスピネルへと、往人は余裕の笑みを浮かべる。
(ヤバい! 本当にヤバい! マジでギリギリの賭けだ……!!)
しかし、その表情とは裏腹に往人の内心は心臓が破裂しそうなほどに早鐘を打っていた。
あまりにも無謀な策だった。
スピネルが使うのは『魔導書の秘法』。しかし、彼女はその事実を知らないでいる。それはつまり、『魔導書』の力を認識していない事になる。
ならば、それを認知して振るう往人が相手の『秘法』を乗っ取れるのではないか、と考えたのだ。
土壇場でやるようなことでは決してないが、それでも上手くいった。
往人は内心の焦りを必至に押し隠して、黒炎球を元の持ち主へと撃ち返す。
「お前のモンだろ! 返すぜ!!」
黒炎球は大気を焦がしながらスピネルへと襲い掛かる。
不規則な軌道にスピネルは追いつくのがやっとだった。
「なぜだ!? オレの魔法がオレ以上に!!」
黒い力を有する魔法。
『秘法』を知らないスピネルにとって、はそう形容するしかなかった。
自身の心をどす黒く染め上げるその力は他の誰にも使えるはずはなかった。少なくとも、スピネルはそう教えられた。
だというのに、今スピネルへと牙を剥くのはその黒い力。
それをスピネル以上に使いこなし、操ってみせている。
「くっ……舐めるなぁ!!」
スピネルは迫る黒炎球に対して、反射魔法を展開する。
最大出力で展開されたそれは障壁が可視化され、巨大な盾のようにスピネルを守る。
火球が盾に触れる。
大爆発が発生し、周囲を突風が吹き荒れるがスピネルには傷はない。
代わりに、盾から放たれた衝撃波が今度は往人へと襲い掛かっていく。
「チッ……!! 面倒なコトをッ!!」
手に生み出した黒い風の渦が、大気を斬り裂く嵐となって放たれる。
衝撃波を飲み込み、細切れにしながらスピネルの盾に激突する。
しかし、それでもなお盾に変化は見られない。
「無駄だッ! いくら黒い力でもこの盾は砕けない!」
「本当にそうか?」
黒い瘴気を背から噴射させた往人が、スピネルの背後から言った。
荒れ狂う暴風はあくまでも囮。
「それだけの超防御力。だからこその付け入るスキがある」
未だ嵐の牙から主を守り続ける盾へと、往人は追撃の黒き雷を放つ。
それも、今までとは比べ物にならないほどに弱々しい雷を。
「なに……ッ!!」
しかし、たったそれだけで。そんな脆弱な攻撃一発で無敵と思われた盾はいとも簡単に砕け散った。
無論、そうなればスピネルの身を守るものは無くなる。
「うああああああ!!!!!!」
吹き荒れる暴風に小さな体は、とても簡単に宙を舞う。
上下がメチャクチャで新たに魔法を使う余裕すらもなかった。
「ハハ、無様なことだなッ!!」
嗜虐的な笑みを覗かせ、往人が追撃の雷を撃つ。今度は強大な威力を有した雷を。
「ぐあああああ!!!」
黒雷に撃たれたスピネルが、地面へと叩きつけられる。
だが、まだ息はあった。ピクピクと小刻みに体を震わせながら、小さな呻き声を上げている。
「フッ、敢えて殺さなかったんだ。再生魔法を使う余裕くらいはあるだろ?」
「……ダーリン」
まるで楽しむかのようにスピネルを甚振る往人を見て、リリムスが呟く。
明らかに『魔導書』の影響を強く受けている。
未だ意識が覚めぬアイリス。彼女が傷つけられた怒りと、スピネルの使った『秘法』の乗っ取り。
その二つが往人の有する『魔導書』の叡智を、次の段階へと踏み込ませたのだろう。
「あれが、ゆきとおにいちゃんなの?」
遅れてついてきたクリスが、笑いながら『秘法』を放つ往人を見て怯えたような声を出す。
無理もない。彼女は優しい往人しか見ていないのだから。
「霊衣憑依出来れば止めようもあるんだけどぉ……」
もはや彼自身が災害の中心ともいうべき規模の力を振るう往人に近づくのは容易ではない。
「そうだわぁ。ねぇ、クリス?」
「なぁに?」
一つ思いついたことがあった。それをするには、この目の前の無垢なる少女の助けが必要だった。
「ダーリンを助けるために協力してほしいの。アナタの持つ停止の力をダーリンに使ってもらいたいわぁ」
そう言って、リリムスは自身の指に嵌められた指輪を軽くなでる。
それは往人から魔力を吸収する指輪。
そう。彼の心を負に引きずり込んでいる『魔導書』の魔力をリリムスが吸収し、その影響を少なくするための指輪。
それをするにはほんの少しでも、往人の『秘法』を放出を止めなくてはならなかった。
「……うん、やる。ワタシもおにいちゃんのために頑張る!」
「オッケー。イイ返事よぉ」
黒く燃え盛る炎の槍を往人が投擲しようと構えたその時だった。
「止まって、ゆきとおにいちゃん!!」
瑠璃色の美しい瞳が、往人を捉える。
「なッ!?」
無垢なる祈りが、少年の体を縛り付けた。