157話 最終戦 What_Lies_Ahead part3
「えーと……これは、どうすれば……?」
冷え固まった溶岩の上で勝手に戦い始めた往人とスピネル。
あまりの事態の速さに進行役の男も。観客たちも状況を飲み込めずにただ眺めているだけだった。
「殿下、勝手にやらせてよろしいのですか?」
それをVIP席から眺めていたサンドロスに騎士団長、バルカンが尋ねる。
スピネルと闘い始めたのは、昨日バルカンが撃退した二人のうちの一人。それも、不可思議な翼を使った男である。
それを考えれば進言もやむなしといったところか。
「まぁ、いいんじゃないか? どうせ次には闘うんだし早まる分にはな」
しかし、サンドロスは特に気にも留めていない様子で楽し気に二人が戦う様子を眺めている。
「スピネルはちゃんと役目を果たしてくれるさ」
そう言った皇帝の顔は嗜虐に歪んでいた。
「ハハハ、怒りに任せて剣を振るのはいささか考えなしではないかい!!」
スピネルは笑いながら、往人の横薙ぎに振られた剣を跳んで躱し返す刀で杖先から光球を放った。
それは往人の傍まで近づくと大きな爆発を発生させる。
「くっ……!!」
咄嗟に防御魔法を展開して爆風から身を守り、さらに追撃で突き出された雷剣も防ぐ。
「へぇ、運がいいね。実力が伴っていないのが逆に功を奏しているってことかな」
手に雷を纏わせた即席の雷剣。それでの突きを往人が防げたのは単純に偶然だった。スピネルの言う通り、往人が防御魔法を解除するのが遅かったから防ぐことができたのだ。
これがアイリスやリリムスだったら、瞬時に反撃に移ろうとして雷剣による刺突に襲われ、そこへの対処を余儀なくされていただろう。
「でもさ、それってお前がオレに勝てるってことではないんだよねッ!!」
杖から烈風を発生させ螺旋を描く。そして同じものを四本生み出すと、まるで大蛇のように往人へと襲い掛からせた。
「さあ、これならどうやって避ける!!」
地面すら抉りながら突き進む風の螺旋。一本でも相当な威力なのにそれが四本。
まさに絶望的だが、それでも往人は剣を握る手から力を抜かない。
一旦、往人は剣を鞘に戻し抜刀術の構えをとる。
「なんだよ、勝負を捨てたのかよ。つまんねぇヤツ!」
そう馬鹿にするスピネルの言葉を無視して、往人は剣へと魔力を込める。
「はあッ!!!」
それは一瞬だった。
所狭しと荒れ狂っていた暴風の螺旋の、そのすべてが蒼く煌めく軌跡と共に空気に溶けていった。
「なに……?」
何が起きたのか、一瞬理解が及ばずその場で凍り付くスピネル。それを見逃すほど、往人は未熟ではない。
ブースター翼を全開に噴射して、横一線に剣を走らせる。
「くっ……!! テメェ!」
ギリギリ、本当に紙一重で致命傷を避けたスピネルが往人を睨みつける。
その間にも再生魔法が腕に付けられた傷を塞いでいく。
「たかが人間如きが、オレの魔法を斬るなんて生意気なんだよッ!!」
怒号と共に雷が降り注ぐ。
スピネルの心を表したかのようにどす黒く禍々しい雷を。
「あれは……ッ!?」
その力を見たリリムスが驚愕の声を出す。
スピネルの放つ雷。見る者に恐怖を抱かせるような禍々しさを持つその威容には見覚えがあった。
というよりも、彼女も使えると言った方が正しいだろう。そして、今その威容に晒されている彼も。
「ふんっ!!」
再び剣に魔力を込め、斬れ味を爆発的に上昇させた一撃で雷を斬り伏せる往人。
通常の剣ではない、魔鉱石で造られた剣だからこそ出来る芸当だった。
「魔導書の力……」
往人も気が付いていた。
スピネルの放った黒い雷。それは『魔導書』により行使される『秘法』の力。
通常の魔法とは違う、『秘法』特有の波動を感じ取っていた。
「なんでお前が魔導書の力を使っている!!」
ブースター翼の速度で一気に距離を詰め、袈裟懸けに剣を振るう往人。
しかし、返ってきた答えは予期しないものだった。
「あ? 何言ってんだ。オレの力はオレだけのモンだ! あんな古臭いモンのことなんか知らねぇな!!」
剣を躱し、自身の返答に驚いた様子でがら空きになった往人の胴体へと杖を突きつけ火球を放つスピネル。
それだけで往人の体は黒焦げどころか、骨も残さずに灰と化す。
「フッ……これで終わりかな? 面白かったけど、あっけなかったな」
そう言って、サンドロスは空になったグラスに酒を注がせようと侍女へと傾けた刹那だった。
「あれは……ッ!?」
バルカンの珍しく驚嘆の声を聴き、サンドロスが視線を舞台へと戻す。
ガラスが砕ける音が響き、床一面に酒が広がっていく。
「なんだとッ!? ……アレは……まさか!」
そこに立っていたのは、スピネルの火球によって灰にされたはずの少年。と言っても、それだけはでサンドロスもバルカンも驚かなかっただろう。
二人が驚き、取り乱したのは少年、往人が火球を防いだその方法にあった。
「お前は一体……!?」
当然、実際に対峙するスピネルも困惑を隠せないでいる。あれだけ好戦的な笑みを浮かべていたのが嘘のように狼狽えていた。
「これが魔導書の力だよ」
そう言った往人には、スピネルが放ったどす黒い火球がまるで付き従うかのように周囲を回っていた。