156話 最終戦 What_Lies_Ahead part2
警戒をしていなかったのなら、この瞬間にアイリスの命は終わっていた。
それほどにスピネルの放った魔法は驚異的だった。
舞台上を連鎖的に爆発しながら突き進んでいく。それはまるで爆発のヘビのようであった。
「やらせないっ!!」
不規則に蛇行しながら自身を追い詰めようとする動きに、アイリスは炎剣を振るって舞台を斬り裂く。
非常に堅牢な石造りの舞台であったが、超高熱の蒼炎の剣の前に一瞬で斬り裂かれる。そして、斬り裂かれ、僅かに持ち上がった舞台が、爆破の連鎖をそこでストップさせる。
「ハッ、やるね! でも、まだオレの方が早い!!」
背後に回っていたスピネルが杖を突きつける。放たれたのは雷の光線。
極太の雷光がアイリスを飲み込まんと突き進んでくる。
「斬り裂くっ!!」
身を屈めたアイリスは、そのまま剣に纏わせた蒼炎を高速で回転させた。そして、その回転力もプラスして一気にレーザーを斬り裂いた。
「あれは……っ!!」
アイリスとスピネルの闘いを控室から見ていた往人から驚きの声が上がった。
アイリスが雷のレーザーを斬り裂いた技。
それは往人も使っていた炎のチェーンソーだった。
「へぇ……やるね、彼女」
今日もやって来ては試合を見ていたロクサスもその光景に感心したように呟く。
目にもとまらぬ速度で細切れにされたレーザーは、その力を失い霧散していっている。
「ッ! だったら、これは!!」
スピネルの杖先の星飾りが再び淡く光る。そして小さな渦を巻き始め、巨大な嵐となって舞台ごとアイリスを飲み込む。
そのはずだった――
「がっ……!?」
「少し遅かったな」
魔法が発動するよりも早く、アイリスの蹴りがスピネルの小さな体を蹴り飛ばした。
反射魔法が使えるタイミングではなかった。すでに風の魔法を発動準備に入っていたため、反射魔法には切り替えられなかったのだ。
重い一撃をもろに受けてスピネルは舞台上を派手に転がる。硬い造りの舞台が、全身に痛みを訴えかけてくるが、それでもヨロヨロと力なく立ち上がり口の端から僅かに滲む赤い染みを指の腹で拭う。
「ああ……効いたぜ。こんな幼気なガキを蹴り飛ばすなんて、ひでぇヤツだ……」
「そう思うんなら、とっとと降参するんだな。その体ではまともに動けまい」
アイリスの言う通りだった。
蹴りが直撃した箇所のあばら骨にはヒビが入り、全身も打撲や恐らくこちらもヒビが入っている箇所もあるだろう。
とてもではないが戦闘続行など不可能だった。むしろ立ち上がるのですら驚異的と言える。
「へへ……バカ言うなよな。これからが面白いんだろ?」
しかし、そんな全身の痛みも無視してスピネルは笑う。
凶暴で好戦的な笑みには、強がりなどではない本当に失われていない闘争心が現れていた。
「はぁああああ!!!!!」
力強く叫ぶと同時に、スピネルの杖先が激しく明滅する。それはまるで命の脈動のように力強い光だった。
「ハハハ!!! オラオラ、まだオレは死んでねぇぞ!!」
「なんだとっ!?」
先ほどまでボロボロ、いつ気を失っても不思議ではないほどのダメージを負っていたはずのスピネルが、まるでそんなことはなかったとでも言うように勢いよくアイリスへと飛び掛かっていく。
杖先にはまるでナイフのように風の刃が纏わっており、驚いたのもあって左腕に傷を作られてしまう。
「くっ……」
「ハハハ、接近戦が出来ないと思ったか?」
リリムスが食い入るようにその光景を見ていた。
その胸中に去来しているもの。往人にはそれが何なのか分かっていた。
「あの騎士と同じ……」
「ええ、再生魔法だわぁ」
そう。昨日往人とリリムスが遭遇した深い群青色の鎧騎士。
あの男の使った魔法と、十中八九同じものだろう。
「うへぇ、あんな魔法使われたらまるで不死身じゃないか……」
実際、ロクサスの抱いた感想は間違ってはいなかった。
「コイツ……」
「悪いねぇ、ちょっとオレが強すぎたかな?」
どれだけダメージを与えてもスピネルはすぐさま再生魔法で立ち上がってくる。
対して、アイリスは一撃一撃は小さくとも着実にダメージが蓄積されていく。もちろん疲労だって彼女の体にボディブローのようにじわじわと効いてくる。
「なぜだ……再生魔法と言えど、魔力には限界もあるはず」
ダメージと共に体力も回復するのは理解も出来る。
しかし、スピネルは魔力すらも回復していると思われた。
そうでなくては説明がつかないのだ。彼女の使う魔法はそのどれもが人間では通常使うことは難しい大規模魔法。そのうえ、異様とも思えるほどの回復魔法まで使っている。
それではとてもではないが魔力があっという間に底をついてしまうはずなのだ。
「その辺は禁則事項ってね!!」
しかし、そんなことを一切感じさせずにスピネルは叫んで杖先の星飾りを明滅させる。
灼熱の炎の塊が頭上で燃え上がり、大気を焼き焦がしていく。
「避けてみせろよ?」
スゥ、と杖が振り下ろされるのに追従して炎塊も舞台へと降り注がれる。
まるで巨大隕石の落下のような一撃が舞台を溶解させていった。
「アイリスゥウウ!!!!」
いてもたってもいられなくなった往人が控室の窓を剣で破壊して舞台へと飛び降りる。
「熱っつ!!」
凄まじい熱気に靴が焼けてしまいそうになる。慌ててブースター翼を展開して地面に足を付けるのを避ける。
「アイリスッ!!」
往人はすぐに見つけた。小さく呻き、その意識を今にも失くしそうなほどにダメージを受けたアイリスを。
しかし、流石は『女神』か。炎塊の直撃の瞬間に張った防御魔法で致命傷だけは免れていた。
この灼熱地獄の中でも、そのおかげで何とか生きていられもしていた。
「あーあー、やり過ぎちまったかねぇ? まぁ、生きてるんだし別にいいよなぁ?」
この炎の中でも意に介さずに、スピネルが軽口をたたいている。
そして杖を軽く振ると、今まで溶岩の海の様相を呈していた周囲が黒く冷え固まる。
「オレはこのまま連戦でも構わないけど?」
ニヤリとスピネルが笑う。
往人は追いついたリリムスへ、腕の中のアイリスを預けて剣を抜く。
「テメェ……!!」