155話 最終戦 What_Lies_Ahead
「危険……か」
闘技大会最終戦の第一試合。
アイリスは相対する者の事を考える。
――「お前たち、一体どうしたんだ……?」
控室に戻るなり息も絶え絶え、往人にいたってはアチコチに小さな傷を作ってくる。アイリスでなくとも不思議に思うのは当然であった。
「ユキトおにいちゃん、あせびっしょりだよ。だいじょうぶ?」
小さな手にタオルを持ったクリスが往人の額に浮かぶ玉のような汗を拭おうとする。
「ダーリン……ゴメンね」
「いいさ。しかし、ありゃ相当ヤバいぞ」
二人とも顔面蒼白、恐怖以外の感情が見えなかった。リリムスに至っては指先がずっと小さく震えていた。
「アナタ、あのおかしな子供には気を付けなさぁい」
「会ってきたのか?」
「門前払いもいいところだ。リリムスの魔法が効かない騎士に邪魔されて逃げてきたんだ」
「は!?」
信じられなかった。
『魔王』の、リリムスの魔法が効かない相手など存在するのか。
弱体化して、さらに土塊の肉体でまともに魔法を使えない今であってもその実力は折り紙付き、人間界で敵う者などいるはずはない。
「もしや、魔族か天族が!?」
「そうよぉ……と言いたいけど、アレはそう言うんじゃないわぁ。アナタの言ったウワサ、ホントかもねぇ」
水を一杯飲み、多少落ち着いたリリムスがロクサスへそう言った。
「実験のことかい? あの子供が成果品だと?」
まだ控室に残るロクサスは信じられない、というような顔をする。
「噂になっている実験って、身体能力を超強化する薬品だぜ? あんな魔法を使えるようにはならないんじゃないか?」
「どういうことだよ?」
「だからさ、この国で造られているって噂の薬品さ。まだ試験段階でね、その最終試験がこの大会で行われるって噂」
そこまで聞いて、リリムスが腰掛けているロクサスの胸ぐらをつかむ。
「アナタはそんなこと、昨日言わなかったわぁ。ホントはアナタも国とグルなのではなくてぇ」
「おい、よせ。それだけで殺すのはマズい」
アイリスに言われ、乱暴にロクサスをソファへと突き飛ばすリリムス。
軽くせき込みながら、ロクサスはリリムスを睨む。
「随分な扱いだね。最後まで話を聞こうとせずに席を立ったのはそっちだろ?」
そう。フェア精神がどうのと言う輩は信用ならないと、勝手に離れたのはリリムス達である。
それを棚に上げるような言動をしては彼が怒るのも無理はなかった。
「何を言われようといいわぁ。アナタが知っていること、洗いざらい話しなさぁい」
まるで暴君のようだった。
それだけ、あの子供の使った魔法が衝撃だったということなのか。
しかし、いくら何でも乱暴すぎである。往人は顔をしかめるロクサスへフォローをする。
「悪いな。ちょっと色々あって気が立っているんだ」
「まぁいいけどね。俺は敗者だ、大人しく従うさ……と言っても特に追加の情報があるわけではない。薬の最終試験があるらしいってことだけだ」
「じゃああの子はまた別の何かってことか……」
「ただの人間がアレを……? それにあの騎士の魔法、アレは回復……いいえ再生魔法の領域……」
悩みながら、一人でブツブツ呟くリリムス。ロクサスもちょっと引き気味だった。
「あの人、ちょっとヤバいんじゃないか?」
結局、リリムスはあの後も自分で悩むばかりであまり喋ろうとしなかった。
ロクサスも二回戦目が終わり、控室を後にした。
そして今日――
「さあ! 圧倒的な強さのアイリス選手と闘うのは!」
往人は控室で試合を見ると言っていた。
となれば、自身が闘う者は一人。
「こちらも圧倒的……というよりも驚異的な実力で勝ち残った、小さなファイター! スピネル=ブレ―ディア選手!!」
――ウォオオオオオオ!!
昨日の惨劇をもう忘れたのか、もしくはエンターテインメントとして受け入れたのか。
どちらにしてもくだらない、と叫ぶ観客に呆れながら、アイリスはスピネルと呼ばれた子供へと鋭い視線を向ける。
あの『魔王』が恐怖するほどの相手。油断をするつもりはないが、それでもより警戒をしなければならないだろう。
だから、アイリスは攻めなかった。
銅鑼が打ち鳴らされようと、腰から下げた剣に手をかけるだけ。
相手の出方を伺う。反射魔法は相手からの攻撃がなければ何も出来ないから。
しかし、その考えは簡単に打ち砕かれる。
どうやって?
簡単である。反射するための攻撃が来ないのなら、自分から攻めればいい。
「お前、オレを甘く見ただろ」
薄汚れたローブのフードを手で払う。
攻撃的な笑みを浮かべた少女。首元ほどで切り揃えられたサファイアブルーの髪をなびかせながらスピネルが走る。
「守るだけが能じゃないんだよっ!!」
星飾りの杖から、爆撃が走った。